第28話 ヤキモチ以上嫉妬未満
私が作ったオムライスを前にして、期待で瞳を輝かせている八乙女さん。
いつにも増して瞳の星がキラキラに見えた。
「食べていい? 」
「口に合うか、分からないけど、どうぞ」
「絶対、美味しいやつじゃん! 頂きます」
オムライスを口に運ぶと『ん〜!』と幸せそうに目を細めた。
見ているだけで、私までお腹がいっぱいになりそう。
「美味しい! ふわふわたまごにケチャップの相性メロ過ぎ。口の中がマリアージュで幸せ過ぎる」
「良かった」
「ガチで、泉さん。天才料理人だよ」
正直、味の感想は良く分からなかったけれど、美味しいと思ってくれているなら、それで十分だ。
小さな口を小動物のように動かして、一生懸命に頬張る姿が愛くるしい。
ずっと見ていたい……好きな人に料理を褒めてもらう。って、凄い嬉しい。
『好きな人』……これもいい加減『友達』に変換しないといけない。そう決めたはずなのに。
耳たぶ以外にもピアスの数を増やしたのか、両耳の平らな軟骨部分にも、ピンクゴールドの星が輝いていた。アウターコンクって言うのかな?
目と耳に星を宿したら、次は唇? 舌??
星形のピアスを見せるように舌を出した八乙女さんが浮かぶ。
慌てて妄想を振り払った。
「八乙女さん。おかわりもあるよ」
「やった! ぜんぜんする!! 」
八乙女さんの唇の端に少し付いたケチャップ。私を誘惑してる訳じゃないだろうけど、視線が釘付けになる。背徳感が少し遅れてやって来た。
自分の唇を指し示しながら「ケチャップ付いてるよ」と、伝えるも、八乙女さんはスプーンを握ったまま、反対の場所を舌で拭った。
「どこ? 」
そのスプーンを置いて、手で拭えば良いのに……『反対だよ』って、私が口で伝えれば良いだけなのに。
触れてはいけない、ダメだ。って、思ってるのに止められない。
少し身を乗り出す。親指の先が、ためらいがちに、その唇の端へと伸びる。
鼓動が速く大きくなっていくのが分かる。指先から八乙女さんにも伝わったりしないかな?
驚いているのか、八乙女さんの瞳が大きくなったのは感じられた。
息を殺したまま、そっと……赤い雫を拭い取る。親指の先に残る柔らかな感触。重なった視線を、わざと外す。
「……取れた」
少し赤く染まった親指を見つめた……さすがに舐め取るのは、八乙女さんが気持ち悪がるよね。
ケチャップをティッシュで拭き取る。
私が拭って上げるとしても、ティッシュを使えば良かったのに。
これは、公園で頭を撫でた時とは違う感情だ。簡単に触れてはいけないのに……違う。そういった気持ちで触れてはいけないのに、目の前にあれば触れたくなる。浅ましい人間だな私は。
「び……くりした」
「ごめんなさい、嫌だったよね」
「うんうん。嫌じゃないよ。嫌じゃないけど、びっくりしただけ。ありがと」
何事もなかったかのように、またオムライスに口を付ける八乙女さん。
私に取っては、重要な出来事も八乙女さんに取っては、何でもないんだろうな。
指先で触れた、柔らかい感触が消えない。
指先じゃなくて、唇が触れたら……脳内から掻き消せない。
一線を越える覚悟もないくせに、引き返す事もできなくて、目の前にいるのに、私は八乙女さんとキスをした。
「ね。泉さん」
「え!? 」
現実に戻されてしまった。いけないことをした後は、余計に八乙女さんの目を見れない。
「お礼に、お皿洗いはさせてよ」
「しなくて良いよ。八乙女さんは、お客様だし」
「迷惑掛けてるし、一宿一飯の御の字ってやつ? 」
「一宿一飯の恩義ね」
「あーね」
「あと……食洗機あるから」
「あー……ね」
八乙女さんがお風呂の間に、クローゼットを開けた。
部屋に招き入れる前、出窓に置いていた、目薬・ミルクティー・楽譜の『八乙女さんセット』を慌ててクローゼットに閉まっていた。
『こんなの、なんで置いてあるの? 』言われるよね。八乙女さんが帰ったら、また出窓に置く事になるだろうけど。
パジャマは……お父さんからプレゼントされたけど、使ってないのあるから、それにしよう。
お父さんには申し訳ないけど、こんなに可愛いらしいパジャマは、私には似合わないよ。
脱衣所にタオルと一緒に置いて部屋に戻る。八乙女さんが、私の家の浴室にいる事が不思議だ。
遠くから見ていただけの存在が、すぐ近くにいる。友達だからこそ、起こった出来事なんだろうけど、友達としての距離感じゃ説明が付かなくなっていく……
公園で頭を撫でたのはセーフ? オムライスの、あの行動はギリギリセーフ? 私から八乙女さんに近づく事は、準備と心持ちで何とか出来る。
でも、八乙女さんから急に近付いたり、触れられたりすると、準備が間に合わず、すぐに脳がフリーズしてしまう。
考え過ぎて喉が渇く。机に置いてあるミルクティーを口にし……これ、公園で八乙女さん飲んでたやつだ。
慌てて口から離すも、少しだけ絨毯に零してしまった。
別に口から離す必要なんてないのに、無意識にやってしまった。
タオルで叩き、浴室から持ってきたドライヤーで乾かす。
はぁ 妄想では、もっとイケナイことを何度もしているのに。不意の間接キスだけで、慌てふためいてしまう。
「泉さん、お風呂ありがとう。ドライヤー」
ドアから天使がやって来たのかと思った……同じ女の子なのに、どうしてこんなに眩しくて可愛いんだろ。もう『可愛い』なんて、ありふれた言葉じゃ抑えられない。
セットアップが似合い過ぎる。やっぱり、私より八乙女さんが着て大正解だった。
必死に友達やろうとしているのに、簡単に私の好きを更新しないで欲しい。
いつも目が合うのは、ほんの数秒なのに、一生分の記憶に刻まれてしまう。
私の記憶が、また八乙女さんで埋まっていく。
「泉さん? 」
「あっ。えっと……ごめん、なんだっけ? 」
「え? いや、ドライヤー終わったら貸してほしいなって」
「あぁ……ごめん。もう乾いたし、どうぞ」
スタンドミラーの前、絨毯に座る八乙女さん。
言葉にならない想いが、鏡に反射して八乙女さんに届いたのか、八乙女さんが微笑んでくれた。
あどけない笑顔……特別なギフトを貰ったようで、胸がざわつく。もう、本当に可愛い。
八乙女さんから、立ち昇る湯気とヘアオイルの香りが、ドライヤーの温風に乗って届いて来る。そのたび、甘い熱に溶かされていく。
髪がなびくたび、チラッと見えるインナーカラーに視線が奪われる。ミルクティーベージュとベールピンク、透明感と柔らかさがミックスされた、八乙女さんに良く似合う色。
八乙女さんがいる日常。それだけで優越感と、満たされた気持ちになってしまう。
「お疲れ様でした」
髪か傷まないよう、ドライヤーを私がしてしまったけど、触れたらもっと触れたくなった。
「ありがとう」と、言いながらフードを被った八乙女さん。
ヤキモチと言うには可愛すぎる。嫉妬と言うには重すぎる……よね?
中途半端な感情が心の真ん中に居座ってしまった。
ハッピーエンドまでは、まだまだ遠い気しかしない。




