第26話 片想いの行方
カフェのドアを開けた瞬間、冷房の風にガチで救われた。外の灼熱と違って、ひんやりとした冷気は、汗で落ち掛けたメイクすら整いそう。
淡いパステルカラーで統一された空間に、センスの良い小物やインテリアが散らばっている。どこを切り取っても画角がレベチ。
猫脚が特徴的な丸型テーブルに案内され、優梨と向い合せに座る。
店員さんが運んでくれたのは、上から下までヒロイン級の可愛さ輝く3段スタンド。
可愛いの神が作った芸術品と呼ぶにふさわしい。
キラキラジュエリーみたいなスウィーツやスコーンの甘い香り。
氷がカランと涼し気な音を立てる、透き通った琥珀色のアイスティー。 まさに至福の時間!
念入りに調べて良かった。大正解じゃんね!!
「黛がいたら、推しのアクスタ並べて撮りまくってただろうな」
「あーね。アタシでもしたいよ、アクスタ持ってきてないし、普通に撮るだけにするけど」
写真撮影はオッケー書いてあったから、遠慮なく撮っちゃうけど、もう尊すぎてシャッター音止まらんくない? ここに座ってるだけで自分のビジュが3割増しに見える魔法、マジで神。最高のチルタイム確定案件でしょ。
「後で、泉さんにも送ろっと」
「泉は、まだ北海道だっけ? 」
「そ。夏休みは、毎年、牧場経営してるお父さんのとこにいるって」
叶乃が夏休みは家族旅行で海外に行くのは知ってたけど、泉さんが北海道に行く事は知らなかった。
結局、夏祭りも花火大会も海も、優梨や中学の時の友達と行ったけど、やっぱり物足りない。
夏休み。あと一週間もないのに……泉さんに会いたいなぁ。泉さんとも来たかったよ。ここのカフェに。
「大人って、色々あんだな」
「別居婚とか、カッコよ」
「一緒にいたい。って、思わないのかね? 」
「ほんそれ。でも、泉さんの両親も訳ありで離れてるっぽいからね」
優梨がアフタヌーンティーの下段から、キッシュを取ると、アタシのお皿にも置いてくれた。
昔から面倒見が良いというか、世話焼きと言うか、それに甘えてるアタシもダメなんだけど。
「あと、9月の文化祭。夏休み明けたら、ウチらもクラスで何するか決めないと」
文化祭か……別に何しても楽しめそうだけど、泉さんと色々と回りたい!
「八乙女もいたけど、この前、中学の友達と遊んだじゃん」
「遊んだね」
「なんか、文化祭のチケット、6枚くらい欲しいって」
「あーね。一人に付き二枚貰えるやつか。アタシの家族来ないし、上げるよ」
今度はアタシが中段からスコーンを取り分けた。何のジャムを塗るか迷う。
「助かる、ウチと黛は下が行きたい。言ってるから」
「優梨が妹さんと弟さんいるのは分かるけど、叶乃に妹いるのが、いや、叶乃が『お姉ちゃん』って、脳がバグる」
「ってか、八乙女のお姉ちゃんは? 」
「お姉ちゃん? 来れないでしょ。いま、神戸だよ」
「え? ごめ、知らなかったんだけど」
「あぁ……移籍してから、試合出られてないっぽいからね」
「プロの世界って凄いな」
凄いよ、凄すぎですよ。比較されるアタシの身にもなって欲しいくらいに。
年齢差が7歳離れてようが、姉妹は比較される。そもそも、高校在学中にプロ契約した人と、サッカーなんて小さい頃に遊びでしかやってない人を比べるな。っつーの。
別にサッカーで比べられたことないけど、運動も勉強も、お姉ちゃんは出来る。
可愛いさもある……いや、アタシの方が若干は上か?
やめよう、悲しくなってくるだけだ。
「ってか、八乙女。なんか、話したいことあんの? 」
さすが、優梨!! 自分から言おうとしてたけど、相手から言われると心の準備が。
アイスティーを一気に飲み干してしまった。「ペース考えろよ」と、言われるも、そんな事考える余裕なかったもん。
優梨が、口は堅いのは知ってるし、客観的な意見も聞いてみたい。
「落とし物をしちゃいまして……落とした? 落ちた? みたいな」
「良く、分かんない。ちゃんと、探した? 交番には行ったの?? 」
「探してはないけど、拾ってくれないよなぁ。って」
「なにそれ? 探しに行こうよ。で、何を落とした? 」
「いや、入ってないだろ」と、優梨に突っ込まれたけど、緊張のあまりグラスに口に付けてしまった。
「えっと、恋……心。なんて……アハハ」
「さすがに、そのボケはウチでも拾えん。角度エグいって」
「冗談とか」
「これ、欲しいの? 」
優梨がアフタヌーンティーの上段から、ケーキを取り分けてくれた。
「そっちの上段じゃなくて……ガチだから! 」
「あぁ……マジか!? 初めてじゃね?? 八乙女からの恋バナなんて」
「恋バナ言うな。なんか、恥ずかしくなって、喋りにくくなる」
「じゃあ、滑らない話をどうぞ」
「もっと、喋れない……いや、行けるか」
「つよ! 」
少しでもリラックスさせようとしてるのが伝わってくるぶん、話しやすくはなった。
店員さんに新しいアイスティーをお願いすると、優梨が口を開いた。
「で、誰? いつから? 」
「内緒。意識しだしたのは最近。でも、好きになって良いのかな?って」
「なんだ、それ? 」
「うーん。ちょっと、未来がみえないと言うか」
「バ先で不倫とかじゃないよな? 」
「さすがにない!! 」
最初に『アタシのこと恋愛対象で、好きにならないじゃん』泉さんに言ってしまった。
アタシの事を友達以上に観てくれるとも思ってない。
「この恋は実らないし」
「分からないでしょ」
「実る気がしない」
「珍しいな、八乙女がネガティブになるの」
「試合じゃないけど、負ける試合をやりたくはないじゃん? 」
「やってもないのに、勝つとか負ける。とかないでしょ」
アタシの考える、勝ち負けってなんだ? 友達として喋る事も一緒にいる事も多くなった。それって、勝ちじゃないの? 逆に負けってなんだ?
「八乙女って、その好きな人と、どうなりたいの? 」
「……分からない」
「付き合いたいとか? 」
「分かんない」
付き合いたいがゴールなら簡単だろうけど、そのあとは? 真っ直ぐに進みたいし、それがアタシだと思うけど、なんか出来ない。
新しいアイスティーを店員さんが注ぎに来たので、なんとなく、聞かれたくなくて話を中断してしまう。
店員さんが戻り、アイスティーに口を付けた。
「分かんないけど、なんか沼る」
「沼るって。なにが好きなん? 」
「なんか最初は、ビジュ良しスタイル良し頭良し、性格も優しくて完璧人間だと思って」
「スパダリかよ」
「それな。一緒にいる内に、どっかポンコツだったり不器用だったり……気が付くと、その人のこと考えてたり、一緒にいたいなぁ。って」
「沼ってんな」
「『好きなとこ、100個言え』って、言われたら、秒で言えんね」
「本当に言いそうだから、もう、聞かないぞ」
つい、優梨と笑い合ってしまった。こんな恋愛話を今までに優梨と二人ではしたことない。なんか、アタシら高校生っぽいな。
この感情が泉さんに対しての『恋』なんだとは思う。モヤモヤもドキドキも、泉さんにしかしない。
泉さんの言葉に、いちいち寂しくなったり、喜んだりもしてしまう……アタシ、ピュアすぎんか?
だいいち、誰かの事をこんなにも考えた事も思った事もない。
でも、ここからどうしたいのか分からない。
「別に答えを急ぐ必要もないとは思うけどな」
「答え……だって、質問がアタシは分からないんだよ? だから、答えなんか出しようもない」
普通、質問があって、それに対しての回答がある。回答がいくつあろうが、辿り着いてしまえば、すっきりとはするはず。
アタシは質問さえ作ることが出来ていない。
この感情をどこに向ければ良いのか分からない。
泉さんにそのまま向けて、友達じゃなくなってしまうのは嫌だ。
なら、隠し通す? それもアタシの性格からしたら、止まらずどっかで爆発してバッドエンドにしかならなそう。
実際にお泊りした時は、少し暴走しかけたし……ハイ 詰んだ。
アタシは泉さんと、どうなりたいんだろ? このまま友達やって、感情が爆発せずに仲良く付き合って行くことが出来るのかな?
「ウチも、恋愛系疎いから、ごめんだけど。応援はする。いつでも話したい時に話して」
「聞いてもらうだけでも、アタシは助かるよ。ありがと」
「時間もあるし、残り食べちゃいますか」
テーブルの上に置いたスマホが短く震える。
画面を覗くと、さっき送ったアフタヌーンティーの写真に、泉さんから『美味しそうだね。八乙女さんに似合ってる』と、相変わらず丁寧で、少しだけ素っ気ないRINEが届いていた。
嬉しいのに、文字だけじゃ全然足りない……
片想いしてる時が、いちばん楽しい。って、聞いた事がある……少しの会話も、ちょっとしたRINEのやりとりも、楽しいには楽しい。
誰にも邪魔されず育って行った感情が、大きくなり過ぎて、脳が追いつかない。
いまさら、この感情を無視する事なんて出来ないし、アタシがアタシじゃなくなってくのが、マジで怖すぎて無理。
会いたい。話したい。一緒にいたい。それだけじゃ駄目なの?
その先を考えようとすると、胸の奥が少し苦しくなる。スコーンにつけたキャラメルソースは甘いはずなのに、少しだけ苦かった。




