第25話 お泊り2
泉さんの家に着いてビックリ、この辺に住んでいれば誰もが知っている高級タワマンだった。
そんなタワマンのバスルームは、一言で言って『喧騒を忘れさせてくれる、プライベート・スパ』だった。
ファッション誌で特集でもされた事あるよね?ってくらいお洒落だ。 こんなカビ一つないホワイトの大理石調の壁と床。
湯気に溶け込む柔らかな灯りの中、両手でお湯を掬えば、ゆらゆらと優しい光が輝く。
控えめめに言っても、神。自分が女神になって湯浴みしてる気分みたい。
おうちスパ……最高過ぎ。
湯船に深く浸かり、『ふぅ〜』と、思いっきり息を吐き出し目を閉じた。
泉さんが作ってくれたオムライスも、めちゃ美味しかったし。まだ、唇に泉さんの綺麗な指の感触が残ってる……ハッピーの余韻だけで、しばらくは持ちそう。
「八乙女さん」
突然、脱衣所から名前を呼ぶ声が聴こえ、慌てて体育座り、みたいな姿勢になってしまった。
「は、はい」
「タオルと着替え、まだ、使ってないのあったから置いておくね」
「ありがとう」
「ヘアケアとか、好きなの使って、洗面所にあるから」
「うん。ほんと、ありがとう」
ドア越しだったし声がタイルに反響したのか、ボヤケて聴こえた泉さんの声に現実味を感じられない。
遠い世界から通信された。みたいだ。
こんな広い浴槽なら二人でも入れそう……
別に優梨や叶乃とも、サウナやスーパー銭湯に行った事もぜんぜんあるじゃん。
もちろん、お風呂に入った事もあって、それは何とも思わない。
泉さんだけイメージが出来ない。出来ない、と言うより、しちゃいけない?
脳がブレーキを掛けてしまったのは何でなんだろ??
じゃあ、海やプールは?……これは、イメージ出来る。神スタイルの泉さんと、パラソルの下で寝そべっている。
じゃあ、お風呂は……ダメだ、脳内が湯けむりに包まれて何も見えなくなってしまう。
優梨と叶乃と一緒に、この浴室にいるところは?…………アタシと優梨は、互いに水指鉄砲をしている、だんだんとエスカレートしていき、ただのお湯の掛け合いになっていく。
叶乃はアヒルを何匹も浮かべ『グワグワ』言いながら満足そうな顔をしている。
アタシたちは小学生だったのか。でも、イメージは問題なく出来る。
なんで、お風呂の泉さんだけ出演拒否になるんだ? 海やプールはイメージ出来るだけに、共演NGなわけでもないよね。
人の家のお風呂を長居するのも良くないと思い、名残惜しさを感じたまま脱衣所に出た。
ご丁寧に着ていた下着は黒い布袋に入れられて置いてあった。
今日は普通の、なんなら一番可愛くないのだけど、本当はもっともっと可愛い下着も持ってるから。と、謎に言いたくなってしまう。
来る時にコンビニで買った味気ない下着を身に着ける、これだけでコンビニさんには失礼だけど、なんかテンション下がる。
緊急性ある人が買うこと多いから、デザインなんて気にしてられないんだろうけど。
って、思ってたけど、用意してくれたパジャマが『大人のデザート』のコンセプトで有名なやつじゃんか!
ひんやりふわふわした、軽く柔らかい肌触りが気持ち良い、なにこれ? サイズ大きいけど、アタシ、ホイップクリームに包まれてね?
ショーパンセットアップ……うっひょー。産まれて初めて『うっひょー』とか、思っちゃうくらいに、またテンション上がってきたわ!
こんなん、早く鏡で見たいんだが。
洗面所に向かい、高そうなドラム式洗濯機の隣、鏡に映るアタシ。
ヤッバ、自分でいうのもなんだけど、可愛いな。フードなんてかぶっちゃったりして…………いやいや、これはさすがに、あざとさ無双じゃんね! 童話に出て来そうな可愛い女の子じゃん。
魔女から貰っちゃう蜜たっぷり林檎、マッチ売ったら即完売、狼さんすら即完落ち、物語にならんくてゴメンだけど。
待って、ニヤニヤが止まらんて!!
人の家で興奮し過ぎも良くないな。落ち着く時間を確保したい。
しっかりヘアケアしてから戻ろう。
ミラーキャビネットを開けると、色とりどりのヘアケア用品が展示ショーの如く並んでいた。
何を使って良いのか分からないけど、美容院と同じのも置いてあるし、これにしよう。
ヘアオイルを手に取るも、肝心のドライヤーが見当たらない。
壁掛けタイプなんだろうけど、ドライヤーがすっぽり抜けてる……何処にあるんだろ?
少しの間、周りを探すも見当たらず、仕方ないので泉さんに聞く事にした。
部屋の前に着くと、中からドライヤーの音が聞こえてきた。
「泉さん、お風呂ありがとう。あと、ドライヤー何処にある? 」
部屋に入ると、飲み物を溢したのか絨毯にドライヤーを当てる泉さんがいた。
まただ、泉さんと目が合うと、たまに世界からログアウトされたような間が出来る。
「泉さん? 」
「あっ。えっと……ごめん、なんだっけ? 」
「え? いや、ドライヤー終わったら貸してほしいなって」
「あぁ……ごめん。もう乾いたし、どうぞ」
『どうぞ』って、コンセントに挿されたまま手渡された……自分の家では、部屋で座りながら乾かしてたけど、良いのかな?
洗面所で立ったまま乾かすの疲れるから、ありがたいけど。
「アタシ、髪長いから乾かすのも時間掛かっちゃうよ」
「なにが? どういうこと?? 」
「いや、だから。泉さんの部屋で乾かして良いのかな?って」
なんか、アタシの言ってること違う?? 会話が噛み合ってないような。
「……良いよ」
「なら、遠慮なく」
泉さんもアタシと同じスタンドミラーで助かった。壁掛けだったら、立ったまま乾かさないとだし。なにより、部屋のセンスの良さよ。『ミニマルラグジュアリー』って、言うんだっけ。
見えてるとこに物が少ないから生活感が感じられない。ホテルみたいな清潔感がある。こんなとこに、飲み物溢すとテンション下がるだろうな。
スタンドミラーの前で絨毯にペタンと座る。
鏡越しに泉さんと目が合ったので、タオルで髪の水分を拭き取りながら、思わずニコッとしてしまった。
また、世界からログアウトしたのか、音も時間も止まった。
二人以外は何も存在しない世界。そんな世界に放り出されてしまったような……最近、多いけど、なんなんだろ?
ってか、貴重なルームウェアの泉さん。サテン生地っぽいけど、ほんと、手足が長い。
こんな機会は、とうぶんないかもだし、後で撮ろうっと。
ヘアオイルをしっかりと手のひらで伸ばし、毛先から中間にかけて馴染ませた。
何回見ても鏡に映るアタシにニヤけてしまう。軽く髪を振ったり、耳に掛けると、インナーカラーの、ペールピンクが「チラッ」と見える。
さすがにロングヘアーと合わせて可愛すぎる。アタシって、ラプンツェルだったのかも、タワマン最上階のラプンツェル……No.1キャバ嬢のキャッチコピーか。
毎日のルーティンとは言え、泉さんみたいにショートヘアなら、もっと楽なんだろうな。
ドライヤーで乾かすのも疲れてきた。ドライヤー自体が、良いやつだからなのか、普段使ってるやつより重い。
「八乙女さん」
「ん? なに?? 」
泉さんに声を掛けられたので、いったんドライヤーを止めて振り向いた。
「大きなお世話だけど、ドライヤー、髪に近過ぎじゃない」
「あぁ。腕が疲れて、いつの間にか近付いてたかも」
ってか、泉さんって髪乾かすの上手なんじゃ……でも、さすがに頼むのはないな。
「ドライヤー、貸して」
「え? やってくれるの?? 」
「綺麗な髪が台無しになるから」
あぁ 美容師の娘の血が騒いだのか。 お言葉に甘えて……お言葉以外にも甘えたいのですが!
ベッドの縁に腰掛ける泉さん。
「こっち、おいで」
「あっ、はい」
ちょいちょい。って、指先ひとつで呼ばれたんだけど、あの『おいで』と、手招きがスマートすぎ!!
爆裂イケメン過ぎて、一瞬で心持っていかれた。
こんなん、アタシじゃなくても、トキメクでしょ! これは、ノーカンだノーカン。
『どうぞ』と、言いながらクッションを背中とベッドの間に置いてくれた。
遠慮がちに背を預け、足を投げ出す。
公園で頭を撫でてくれた手が、今度はアタシの髪に優しく触れてくる。
耳をかすめる、指先の感触がくすぐったい。心がザワツキ始める。
ドライヤーの熱より、泉さんに触れられたところが熱を帯びてそうだ。
優しく繊細な泉さんの手に共鳴して、吐息が漏れてしまいそう……呼吸を抑えるのに必死になる。
ぜんぜん、いけないことをしてる訳でもないのに、アタシの感覚が、意識が、泉さんの手を、指を、探してしまっている。
泉さんが、どんな表情をしているのか見たいのに見れない。
薄目にしてみても、バレるのが嫌だから、結局は見れない。
ダメだ、これ以上意識してしまうとアタシが壊れる。ドライヤーの音『シュィィィン』これだけに集中しよう
やっぱ、高級なドライヤーは音も違うよね。『ブオォーー』とか『ゴォーー』じゃないもんね。なかなか、ドライヤーから『シュイィィン』みたいな音はしないって。
おっ 今度は弱風モードになったのか『フー』って、静かになったし。
『シュイィィン』と『フー』が、交互に来たり、実に小気味良い音だ。
「さっきからドライヤーの音に共鳴してるね」
「へ!? 」
「『シュイィィン』とか『フー』とか言ってるから」
え!? 集中し過ぎて声に出してた?? ヤバい女だと思われるじゃん! 何て言って良いかも分からず『アハハ』と力なく笑うしかなかった。
ドライヤーの音が止まり『お疲れ様でした』と、泉さんに言われる。
今度はアタシが泉さんの髪を乾かして上げたいなぁ。
鏡に映るアタシを観るも、後ろにいる泉さんと鏡越しに目が合う。
お互いに相手を見てなきゃ、目が合うはずもなく……さらに恥ずかしくなって、失礼かな。とも思ったけど、やっぱり恥ずかしくてフードを被った。
「あ、ありがとう」
ドライヤーする前は、目が合ってニコって出来たのに、意識したら泉さんの目を見て喋れなくなっちゃったじゃん!!




