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女子高の王子様は、アタシにだけ重すぎる   作者: ちーよー
泉 真琴 近付けない距離
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21/53

第21話 六月の雨


 六月二十二日(月)くもり 遅刻・欠席・早退者は無し。


 合唱コンクールも終えて二週間経ったが、クラスで取り組んできたことを……上手く言葉に出来ない。

 全部消してしまったけど、学級日誌に書くのは苦手だ。

 ありのままを書けば良いのだろうけど、クラス全体も、クラスメイトの事も気にして観てはいない。1人を除いては。


「うっわ。めっちゃ、雨降って来たじゃん。風もあるし、最悪過ぎる」


 いつの間にかホワイトボードを消し終えていたのか、声の方に視線を向ける。八乙女さんが窓に手を付けて外を眺めていた。


 八乙女さんは『全アタシも泣いてる』と、振り向きざまに言ってきた。

 

 雨の八乙女さんも絵になるな。と、思いながら、日誌の『くもり』を『くもり後雨』と訂正した。


 さっきまでは薄暗い曇り空だったのに、ポツリポツリ降っていた雨は、すぐに本降りになった。

 

 分厚い雲のせいで、薄暗くなった放課後の教室。

 不規則に窓に打ち付けられる雨音。外の荒々しさと違って、雨音以外は聴こえてこない静かな、八乙女さんとの二人だけの世界……私は嫌いじゃない。


 「泉さん。終わった? 」


 隣に立って、日誌を見おろす八乙女さん。空白になっている箇所を観るなり、苦笑いを浮かべていた。


「何を書けば良いか、分からない」

「クラスの様子を書けば良いんじゃない」


 それが、分からないのだけれど……


「あとは。今日、起こった出来事とか? 泉さんは、何の授業が印象的だった?? 」

「さっきの体育」

「バスケットか。泉さんばっか、ボール集まっちゃたよね」


 身長が高いから、みんなも私に投げやすいのは分かる。

 私は受け取ったボールを、運動神経抜群な八乙女さんに回すことしか出来なかった。


 日誌が見にくかったのか、八乙女さんが、さらに近付いて来たので、思わず少し距離をとった。


 「動き回ったから、しんどいよね。汗もかいたし」


 その汗をかいたから、あまり近付いて欲しくはなかった。汗拭きシートを使ったとは言え、気になってしまう。

 

「じゃあ。『バスケ、ガチ鬼疲れ。体バキバキで、今すぐベッドにダイブしたい』は? 」

「……参考にするね」


 八乙女さんの言葉を修正して、なんとか日誌を書き上げ、教室をあとにした。



 昇降口から外に出る前にバックから、折り畳み傘を取り出す。


「泉さん。先、帰ってても大丈夫だよ」 

「何かあるの? 」

「いや、傘ないし。もう少し残って、ワンチャン止めば良いな。って」


 元が猫目なのもあるけど、捨てられた子猫みたいな瞳で観られたら……


「いつ止むか分からないし。狭いけど良かったら」


 傘を広げて、八乙女さんの前に差し出した。


 「良いの? ありがとう」


 私の好きな八乙女さんの笑顔。なぜかモノクロの薄暗い雨が、カラフルでポップな雨に見えてしまう。雨音もハッピーなBGMに聴こえてくる。

 八乙女さんと一緒にいることが多くなってきたからなのか、触発されてカタカナを使うことも増えた。


 差し出した傘の下。『お邪魔します』と、言いながら、八乙女さんは入って来た。

 身長差がある分、自然と上目遣いになる八乙女さん。拾ってきた子猫を服に入れたら。こんな感じなりそう。

 

 あまりの可愛さに直視出来ず『帰ろう』と言い、歩き出した。


 雨音は激しさを増して行き、すぐ隣にいる八乙女さんの声すらも聴き取るのが難しい。

 なのに、八乙女さんは私の声を全部拾ってくれた。


「八乙女さんって、耳良いの? 」

「いや、普通だと思うけど」

「私、声小さい方だし、この雨音で聞きにくくない? 」

「あぁ……泉さんの声だけ、何かノイキャン機能付いてるんだよね。だから、泉さんの声は、はっきり聴こえる」

「なに、それ」


 つい。クスッと笑ってしまったけど、そういう事を言われると、逆に話しづらくなってしまう。



「傘。アタシ持とうか? 」

「大丈夫」

「肩。濡れてるじゃん。そんな、こっちに傾けなくて良いよ」


 気付かれた……あえて、傘を八乙女さん側に傾けていた。

 もちろん、八乙女さんが濡れてほしくないのもあるけど、一番は近過ぎると汗が気になるから。

 雨の匂いで誤魔化されているかも知れないけれど、猫は嗅覚が鋭い……八乙女さんは、猫じゃないけど


「貸して。アタシが傘、上に持てば、泉さんも濡れないって」

「良い。大丈夫だから」

「なんで? 」


 恥ずかしくて、あまり言いたくないけど。こんな事で雰囲気を悪くしたくない。


「最後の授業、体育だったでしょ」

「あーね」 

「バスケだったでしょ」

「うん。バスケだった」

「ほら、汗……かくでしょ」


 チラッと横を見れば、八乙女さんは『クフフ』と笑い、何か企んでいる小悪魔のような顔をしていた。

 肩に下げたバッグを前にズラして、手を入れる八乙女さん。


「アタシは全然、気になってないけど」


 取り出したものを、私に見せてくる。


「ジャーン『制汗スプレー』」


 片手で強く振ったかと思うと『少し目を瞑って』と、言われ、素直に目を瞑った。


 八乙女さんの「おりゃー」と、言う声が聴こえたあとに、頭や顔にミストが降り掛かってくるのを感じた。


 ジャスミンの柔らかい香り。

 八乙女さんに包まれているみたいで、胸の奥までくすぐられる。


 「目。開けて良いよ」


 まだ、ミストが漂ってそうで、ゆっくりと目を開けた。


 「どう? アタシと一緒。ここだけ、ジャスミン空間」


 視界に入って来たのは、私の顔を覗き込むように見上げる八乙女さんだった。

 片方の口角を少し上げて、私の反応を楽しむような……魔力と魅力が秘められている瞳。否が応でも吸い込まれる。


 頑張って視線を外したけれど、自分で決めた境界線を踏み越えたくなってしまう。なんで、こんなに可愛いのだろう。

 鳥は最初に見たものを追い掛けるらしい。初恋も似たようなものなんだろうか。頑張れ自制心。

 

 


 「泉さん? 」

 「え? あ、あぁ……大丈夫。ありがとう」


 自制心を限界までフル動員させた結果。現実逃避して八乙女さんを、いないものとしてた。  

  

 そんなに密着して来ないで……

 

 「ほら、これで近付いても大丈夫じゃんね! 」


 『じゃんね! 』って、これとそれとでは、また話が違うんだよ。

 胸元付近を嗅いでこないで!! 傘を持っているから、離れる事も出来ない……八乙女さんの顔が首元まで上がってくる。首すじをなでる吐息が、甘い誘惑に感じられる。 もう一度、自制心発動して!


 「ご、ごめん……アタシ、たまに距離感バグるから」

 『アハハ』と、自嘲気味に笑いながら、顔を離す八乙女さん。突然、近付いたりする事あるよね? こっちとしては、その度に境界線が消えてしまいそうになる。

 自制心をフル活用するけど、心も脳も凄い疲れる。早く友達になれ、私。


「もし、私も傘を持っていなかったら、どうしてたの? 」

「うーん。止むの待つか……やっぱ、一緒にずぶ濡れになろっか? 」

「私。コンビニまで走って、買ってくるよ」

「じゃあ。コンビニまで、ずぶ濡れになろ」


 どうしてもずぶ濡れになりたいのかな。


「アタシは泉さんと一緒なら、何でも大丈夫なんだよ」

「それは、私も同じ」

 

 傘を打つ雨音に共鳴するかのように、鼓動が早打つ。私の場合は教室で止むまで、何時間でも待つ。八乙女さんと二人でなら、いくらでも待てる。


 「雨でも晴れでも雪でもミサイルでも。明日も明後日も、その次も……一緒に帰ろ」

 「……ミサイルは嫌だな」

 「大丈夫、今度はアタシが守るから」


 今度は。って、ストーカーの事を言ってるのかな? 違うよ。私は八乙女さんに守られてきたんだよ。小学生の時も、ピアノの時も。

 だから、私が八乙女さんを守る。


 「もちろん、用事とかあったら難しいけど、一緒にいてくれると、アタシは嬉しい」


 雨も雨音も気にならないくらい、八乙女さんの言葉が嬉しい。友達って、こういう事を言うのかな?

 

 私も先に進まないと、元通りになってしまう。

 こうして、隣にいられるのだから、それで良いでしょ。

 

 「私もだよ。八乙女さんは『友達』だから」


 言えた。言ってやった。

 家に帰ったら、ゆっくりと、お風呂に浸かろう。

 そうして、今日は、早めに眠るんだ。

 早く、明日を迎えられるよう。 



 1%だけ、雨音で聴こえなければ良い……そんな自分が、少し嫌いだ。

 

 

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