第19話 ピアノ ③
音楽室では初めての全体練習。パート事に並ぶクラスメイトたちの顔は、私から見ても緊張感がなかった。
「パート事のリーダーだけ、集まって。八乙女と泉も」
持田さんが音楽室の隅へと移動したので、パートリーダー三人と八乙女さんとで、あとに付いていく。
「10分、休憩。休憩後に譜面でも観てて」
皆が隅に集まると、持田さんは他のクラスメイトに向かって指示を出した。
「なるべく小さい声で話すから、もっと近づいて」
私たちに手招きする持田さんに合わせて、小さい輪を作り顔を近付かせた。
「ウチらのクラス。何人かは、やる気0やん。って、黛は何を口に入れた! 」
黛さんに目を向けると、小さいお口がモグモグとせわしなく動いていた。
「バレた。喉を潤すグミ」
「せめて、のど飴にしてくれ」
「大丈夫。カロリー0」
「いや、知らんけと。IQも0だろ……って、黛の事じゃない」
持田さんが黛さんに向かって舌打ちしたけど、普段から仲が良い二人を見るのは楽しい。
「叶乃。ちょっと、ごめん!」
少し身を乗り出した八乙女さんが、黛さんの両耳を手で添えた。
私も前にされたやつだ……ASМRとか言ってた気がする。
八乙女さんは腑に落ちないような顔をしながら、両手を引っ込めて『なんなんだろ』と、呟いていたのが聞こえた。
そう呟きたいのは、突然、不思議なものを見せられた私たちだと思うけど。
「ってか。アタシ、指揮してるから、皆の視線が丸わかりなんだけど……」
八乙女さんがチラッと私を見てきたので、ついドキッとしてしまう。
いつまで、こんな些細なことで振り回されてしまうんだ。
「アタシを観るより、泉さんばかり観てる人いるし、そりゃバラバラになるよね」
「はぁ〜。何のために泉がピアノになったんだよ」
「逆に泉さん指揮者の方が、みんなはちゃんと観るかも」
「それは、私が困る」
一人のピアノよりは合唱の方が弾きやすいし、指揮者は……真正面から皆に観られるのは苦手だ。
「いまさら変更とかしないって。どうしようか? 」
「ユーリン。良いこと思いついたよ」
黛さんが律儀に小さい手を、小さく上げてるのが可愛い。喉に天使が住んでるんじゃないか。って、くらいに美声だったのには驚かされた。
「あ〜……いちおう。聞くだけ聞いておこう」
「指揮者のすぐ後ろにピアノを置く」
「やっぱ、IQ0じゃん。本番のステージ上は、指揮者の後ろなんてスペースないだろ」
「じゃあ、手前に置く」
「配置が斬新すぎる! 」
各リーダーも発言はするものの、なかなか良い案は出て来なかった。
「アレじゃん。校内合唱コンクールで、ガチでやらなくても。って、思ってるのかもね。来年も再来年もあるし」
「でも、このクラスメイトでやる合唱コンクールは、たったの一回。いま、隣にいる人たちが同じクラスになるとは限らない」
八乙女さんと一緒のクラスには慣れた。二年でクラスが離れたら、関係性はリセットされてしまうかもしれない。
強制的に離されたら、私は『友達になること』と、『遠くから観てるだけ』どちらを望むのか。
近付きたいけど、近付き過ぎるのは怖い、それなら離れていたほうが……中途半端過ぎて嫌になる。
「優梨。言ってることが深過ぎて草 」
「ウチらのクラスのスローガン、忘れたの? 」
持田さんが、私たち一人一人と視線を交わしながら問い掛ける。
「『毎日がハッピー。とりまエモさとメロいを追求するクラス! 』」
私以外はハモった。別に口に出して言う必要はなかったのに、ここにいる人たちは見事に調和は取れていた。
「そう、それ。クラス総意でのスローガンだからね。それに、一位はエモいでしょ」
「アタシ、メロい担当か」
「ウチからしたら、みんなメロイって」
その後の話し合いで『共通の目標』『相互理解』『成功体験』の三つをベースにクラスの団結力を深める方針が取られた。
まずは、本気で一位を取りにいくか。
適当にやって、適当な順位でやり過ごすか。
多数決をとった結果、集団圧力が働いてしまった人も少なからずいたと思う。
でも、全員一致で、本気で一位を取りにいく事に決まった。
実際に翌日からは、持田さんの提案で色々と試みた。目標を共有したり、朝のHRで五人ずつくじ引きでグループを作り、昨日あった事を一分ほど話したり。帰りのHRでは伝言ゲームや共通点探しをした。
正直、最初は面倒だと思った。でも、朝のグループトークで今まで話したことのないクラスメイトと会話するうちに、少しずつ名前と顔が一致するようになった。
自分から話しかけるのが苦手な私にとって、こういう切っ掛けは案外ありがたかったのかもしれない。
人によっては最初こそ『意識高い系ウザい』や『個人を尊重してほしい』――などの声もあったけど、持田さんの丁寧なフォローと、八乙女さんの巻き込み力で、どんどんクラス内の雰囲気もまとまっていった。
全体練習が出来るのも最後。ピアノを弾いていても、みんなの合唱が最初の頃と比べ物にならないのを感じる。
それは八乙女さんも同じで、指揮をしてる時に左手の使い方が分からず、無闇に大きい動きになっていた。
合唱自体にはそこまで影響を与えてはいなかったかも知れない。でも、もっと良くなるなら……もっと合唱が上手くなるなら。と、思い、苦手なアドバイスもしてみた。
もとから、感情表現や表情の豊かさが、魅力的な八乙女さんの指揮は劇的に向上した。
なにより、私も弾きやすくなった。八乙女さんと同じ波長に溶け込む感覚。心の奥を撫でられてるみたいで、少しくすぐったい。
私の奏でる旋律をみんなが支えてくれる。
音の流れが、こんなにも居心地の良いものなんて知らなかった。
もし、もっと早くにこの体験をしていたら、ピアノも続けていたかも知れない。




