第16話 合唱コンクール ④
体育館の舞台袖、本番まで10分切ったのに泉さんがいない。
「優梨。既読付かないし、電話も出ない」
「ウチ、音楽室まで迎えに行ってくる」
離れにある音楽室まで、走っても往復で5分は掛かる。
本番を迎える緊張よりも、時間的にギリギリ間に合うかどうかに緊張するんだけど。
ピアノ奏者は本番前に練習が許されているけど、10分前には戻って来てね。とは伝えてるし……まさか、音楽室で倒れてたりしてないよね?
あぁ、もう。自分の心配してる余裕すらないじゃん!
アタシたちのクラスが一番最後だから、順番を変わってもらうことも出来ないし
時間ばかり気にしてしまい、何回もスマホの時計を観てしまう。
「おまたせ! 間に合った!! 」
「ごめんなさい」
肩で息をする優梨に続いて、息を切らしながら、苦しそうに頭を下げる泉さん。
「良かった。体調悪いとか? 大丈夫?? 」
アタシの問いかけに泉さんは頭を上げると首を横に振った。
「音楽室の時計……10分遅れてるのに気付かなかった。本当にごめんなさい」
アタシみたいにスマホ触ったりしないからなぁ……それは、音楽室の時計が悪い。
「ハイハイ、ウチに注目してくださーい!! 」
みんなの視線が泉さんから、息を整えた優梨に移る。
「時間ないから、一言だけ」
少し間を空ける優梨。ピリピリとした、張り詰めた空気が一気に伝わってくる。
「ブチ上げてこ!!」
「「おぉ!!!!」」
みんな優梨に乗せられたのか、運動部のノリみたいになってるけど、校内合唱コンクールだよ。
「泉さん。頑張ろ」
「八乙女さんも」
アタシが握り拳を向けると、軽く泉さんは合わせてくれた。
おぉ、人と初めてグータッチしたかも。アタシの初めて奪われた……泉さんに。
……いや、何を言ってるんだアタシ。
指揮棒をしっかりと握りしめ、ステージ上の真ん中に置いてある台に上がる。
緊張のせいか、コンタクトがやたらと張り付いて視界がかすむ。
軽く息を吐き、指揮棒を構えた……泉さんが、何か口パクしてる!
なに? 何か言おうとしてる?? 視界がボヤケて良く分からない。
クールな泉さんでも、緊張してるのかな? 伴奏者だし落ち着いて欲しいけど。
仕方ない、泉さんだけにファンサしちゃうよ。
指揮棒で泉さんに向かい、空中に♡ハートマークを描き『エイッ』と、飛ばして上げた。
まだ、口パクしてるけど全然読めない。
こんな時に本当になんだけど、スカートのポケットから目薬を取り出し、その場でさした。
後ろにいる全校生徒およそ650人が、ザワツキはじめた。
しかも、なんで泉さんまで目薬してるの?
泉さんは少しの間、目を瞑った。
こんどは、開いた目をパチパチさせ深呼吸すると、アタシに向かい『行けるよ』アイコンタクトしながら頷いた。
良く分かんないけど、オッケーならいっか。
構えた指揮棒を振り下ろす。
パートごとの動きや、歌詞を理解して表現出来てるのかは分からない。
でも、泉さんとアイコンタクトしていくうちに、泉さんの表情が柔らかくなったと思う。
それはピアノの音にも表れ、安定感はもちろんのこと、盛り上がる所は盛り上げて、みんなが歌いやすくなっていた。
どんどん、音が綺麗にまとまっていくのが分かる。
泉さんなんか、アタシとアイコンタクトし過ぎて、ケミストリー起こしちゃったのか、キラッキラに神々しいんだが!
みんなも良い笑顔になってる。
全体練習では色々とあったけど、このクラス最高じゃんね!
今、アタシめちゃめちゃ楽しい!!
ハモリがエグっ!! 耳が幸せ過ぎる。
最後に歌が終わってもピアノの伴奏だけが残るよう、アレンジした曲だ。
歌が終わり指揮の手を止めた。そのまま体と視線だけは泉さんへ向ける。
体育館に響く。泉さんが奏でるアタシの好きな優しい旋律。
ふと、二人だけの時間だった音楽室を思い出した。あの時間が恋しい。
もっともっと、泉さんと二人でいたかった。もっともっと泉さんを知りたいし、アタシを知って欲しいと思った。
ピアノの最後の音が消える……打ち合わせをした訳でもないのに、アタシと泉さんは視線を合わせ同時に頷いた。
一瞬だけ二人にしか分からない空気……絆を感じ取れた気がした。
ゆっくりと手を下ろし、全校生徒に振り向き挨拶をする。
拍手や歓声が鳴ってるのは観て分かるけど、気持ちが高揚していて、耳に十分には入って来ない。
自画自賛とは言え、ヤバすぎでしょ! 鳥肌が止まらん!!
舞台袖に戻るなり、泉さんが慌てた様子で下に降りようとしていた。
「泉さん? 」
「音楽室に行ってくる」
「なんで? 」
「楽譜、忘れたの」
え!? 楽譜?? って、ことは楽譜見ずに弾いてたの??
「優梨! アタシも音楽室行ってくる」
「このあと、結果発表あるから、なるはやで戻って」
「頑張る!! 」
体育館から外に出る泉さんを追い掛けた。
あとで取りに行っても変わらないのに、なんで急いでるのか不思議だった。
音楽室に入るなり、ピアノへと向かって行く泉さん。譜面台に置いてあった楽譜を『良かった』と、言いながら大切そうに抱きしめた。
合唱コンクールのテンションもあって、感情がキャパオーバーだ。
「や、八乙女さん? 」
気が付いたら、泉さんを後ろから抱き締めていた。
「こ、これは」
どうしよう、可愛すぎて思わず抱き締めちゃったけど、突然後ろから抱き締める。とか、変態じゃん!
友達だとしても、もう少し考えてハグするよね?
「えっと、これは……めるちポイント!! 」
「え? 」
「泉さん。ピアノ頑張ったから、貯まったの! めるちポイント!! 」
アタシは何を言ってんだ? 恥ずかしくて泉さんの背中に顔を埋めたままなんですけど。
「……そっか。貯まってたんだ」
「うん。ご利用ありがとうございます」
泉さん。細い……身長差は15cmくらいあるのに体重が一緒くらいだったらどうしよ。
ってか、アタシも指揮頑張ったから、褒めてくれたら嬉しいな……振り向いて『頑張ったね』って、抱き締めて欲しいかもなぁ。
『泉 真琴』いま、貴方の脳内に直接語り掛けてます。
振り向け〜振り向け〜振り向け〜……そして出来れば褒めてほしい。頭とか撫でてくれても良い。
いや、何考えてるのアタシ。
体はゼロ距離なのに、心の距離はどのくらいなんだろ? 泉さんも良くて友達にしか思ってないもんね。
『良くて友達』ってなに?? それで良いんじゃないの?
このハグは友情のハグ? 別な感情が乗っかっちゃってる?? アタシはとうなりたいんだ……
「ハイ『めるちポイント』終わりです」
少し距離を取っただけで、一気に寂しくなってしまった。。
「また……貯めないと」
なんか、ごめん泉さん。振り向きづらい、対応に困らせる事をしちゃって。
よくよく考えたら、泉さんは利用したくなかったかも。勝手にアタシが抱きついて、勝手に『めるちポイント貯まった』とか、言い出して、勝手に『ご利用ありがとうございます』とか、言っちゃって……
なに、これ? 詐欺と変わらなくない??
アタシめっちゃ怖いじゃんね。
急に自分がした事が、とてつもなく恥ずかしく思えてきた。
「泉さん。も、戻ろう」
最近の泉さんはクールだけど、雰囲気が優しいというか、笑みを浮かべる事も多くなってきたと思う。その笑みが、なんかキュンと切なさを感じるけど。
そう感じられるようになったのも、泉さんを見てる時間が増えたからなのかもしれない。
どんどん、泉さんを意識していくのが自分でも分かる。
これは困った事に、ちょっとやそっとじゃ止まらなそうな気がする。
急いで体育館に戻ると、ステージ上のマイク前には優梨が立っていた
「一年三組。クラス委員の持田です。学年一位と、言うことで〜」
え!? もう一年の結果発表終わっちゃったの??
リアタイでその場にいなかったから、喜ぶタイミングを失っちゃったよ。
「〜〜伴奏者、指揮者、合唱者。クラスメイト全員が調和を意識した結果だと思います」
頑張ったのが結果に出ることは素直に嬉しい。それが、泉さんとなら余計にアタシは嬉しい。
「泉さんのピアノのおかげで指揮やってて、すっごい楽しかった。一位やったね」
泉さんとハイタッチしようと両手を上げた。
「心からピアノが楽しいと思った」
泉さんはハイタッチじゃなく、合わせた手を握りしめて来た。
「ピアノを嫌いなまま、終わらなくて良かった」
『ピアノを嫌いなまま』が気になるけど、潤んだ瞳でアタシを見つめながら『ありがとう』と繰り返す泉さん。握り締めた手は、いつの間にか下りていた。
泉さんの熱が、手を通して、アタシの心にも伝わってくる。
最高に泉さんがエモくてメロイんだが。
この、胸の高鳴りは。ガチャで言う、激アツ予告!と、いうやつでは?
「アタシは泉さんのピアノ好きだし。泉さんが弾いてくれて嬉しかった。また、聴かせてよ」
泉さんは、静かな笑みを浮かべると、ゆっくりと深く頷いてくれた。
「ただいま……事後? 」
優梨の視線で気付いたけど、ハイタッチからの恋人繋ぎになっていた。
解きたくなくて、ギュッと握り締める。
「そうだよ」
少しずつ育っていく感情を誰にも邪魔されたくない。
「事後だよ」




