第15話 合唱コンクール ③
音楽室に集団でいると、コスメや制汗剤。香水の匂いなどが混ざるからか、アタシの嫌いな、あの独特な匂いは感じない。
本番を明日に控え、全体練習も最後となった。
ここに来て、ようやく満足の行く仕上がりになったと思う。
クラスメイトの表情を観ても、バイブス上がってそうだし、なによりアタシが楽しい!!
最初こそ指揮者のアタシを観るより、ピアノを弾く、泉さんをチラチラ観てたクラスメイトも多かった。
そんなクラスメイトと呼吸が合わずに、イライラや孤独を感じでしまうこと。
指揮棒を持ってない左手を、どう使えば良いか分からず、大いにクラスメイトを戸惑せてしまったこと。
アタシなりに悩んでたことも少なからずあったけど、泉さんや優梨のフォローもあり、無事に本番を迎える事が出来そうだ。
そのなかで、叶乃がとてつもなく歌が上手い事を知った。
話してる時の声と歌声も違いすぎでしょ。はっきり言って羨ましい。
「ここの時計、10分くらい遅れてる? 」
優梨に言われ壁時計に目をやると、確かに10分くらい遅れていた。
普段はスマホで時間観てたから気付かなかった。
「みんな。10分休憩して、最後合わせて終わろう」
優梨の呼び声に、あちこちから、思い思いの返事が戻ってくる
「八乙女。休憩中だけ換気しといて。なんか、空気が濃い」
「おけ」
優梨に言われたとおりに窓を開けてから、ピアノの前で座る泉さんに声を掛けた。
「いよいよ、明日だね」
「早いよね。もう、練習もしなくて良いんだ」
「アタシは、もっと練習期間あっても良かったけどなぁ」
結局、二回しか一緒にいられなかった。
意外と二人きりになる。って、難しいのでは?
『私も、もっと二人で練習していたかった』とか、何かしら反応して欲しいのに。
ふと、泉さんを見ると楽譜の最終チェックをしているようだった。
アタシの視線に気付いたのか、座ってる位置を少し端っこにしてくれたので、遠慮なく隣に座った。
「楽譜貸して」
最後は何て書こうかな……楽譜を受け取り、少し考える。
改めて楽譜を見ると、書き込みで少し黒ずんだ五線譜。
みんなが合唱練習してない朝や放課後でも、泉さんは練習してたり、アタシの席からは見えちゃってたけど、授業中も机でエアピアノしてたもんね。
相変わらず綺麗な姿勢だったのが、余計に目立ってたけど。
それにしても、やたらと猫だらけになってしまった。
吹き出しが全部、猫を書いたから当たり前なんだけど。
思ったことをそのまま書き込めば良いか。
最後は猫を辞めて、アタシのままで行こう。
目は大きく、まつげバッサバサにしとこう。ポーズは……『演奏がアタシの心に響いたよ』ってことで、両手で♡作ろう。
我ながら完成度が高い、アタシのちびキャラが出来てしまった。アタシには負けるけど、三頭身ちびめるち。かわよ。
叶乃は泉さんの演奏を『音色が溶けてる』って、褒めてたけど、アタシには分からないし、アタシが感じたことを書きたい。
小学生の頃は姿勢が綺麗。しか感じなかったけど、今は、本当にそう思ってるのだから伝えたい。
『泉さんの音色が大好き。Fight』
「はい。お互い頑張ろ!」
泉さんが楽譜を受け取り視線を落とした時だった。
ビュー。っと、不意に突風が入ってきた
悲鳴に近い声が、あちこちから聞こえた。
「誰か、窓閉めて! 」
「あ、アタシ閉めるよ!! 」
急いで立ち上がり窓に向かおうとするも、何かに足を取られてバランスを崩す。
ヤバっ コケる!! 思わず目を瞑ると『ビリッ』と、足元で何かが破ける音は聞こえた。
けれど、衝撃はやって来なかった。
変わりに、ふっと体が浮くような感覚に包まれた。
「八乙女さん。大丈夫? 」
泉さんが、私のお腹を右腕で抱え込むようにして支えてくれていた。
クラスメイトから、アイドルや王子様に言うような『キャー』が、聞こえてきたけど、アタシも心で『ギャー』言っちゃってたよ。
「だ、大丈夫」
「良かった」泉さんの、いつもより低い声と。深い溜め息が、耳をかすめた。
なに? イケボシチュエーションボイスでも聴いてるのかアタシは?。体も脳もゾクゾクが止まらんて。なんか、力入らないし。
お昼にあまり食べてなくて良かった。お腹がポコっとしてなくて良かった。
心臓のバックバクが止まらん……落ち着け! 止まれ!! ……いや、止まったら泉さんによって天に召される。
「あ、ありがと」
バクバクしながらも、頑張って普通の振る舞いですよ。的な感じで泉さんから距離を取る。
窓はすでに誰かが閉めていた。気になって足元を見れば
「楽譜……ごめん。泉さん」
風で飛ばされたのをアタシが踏んで破っちゃったのか。そこまで、ビリビリじゃないけど
「泉。新しくコピーすれば大丈夫だから、ウチがやってくるよ」
「持田さん。大丈夫、私がちゃんと持ってれば良かっただけだし」
『セロテープ持ってる人いたら、貸して欲しい』と、泉さんはクラスメイトに言うと、持っていた子が手渡した。
譜面台に楽譜を置くと、丁寧に破れた箇所を修正していく。
アタシが書いたちびめるちのイラストの端っこを、そっと指先で撫でてから、セロテープを貼った。
「紙テープの方が良いけど、少しの間ならセロテープでも変わらないかな。って」
楽譜は元通りになっていたけど、少しアタシの足跡が付いていた。
「汚くない? アタシの足跡」
泉さんは小さく首を振ると、振り向いた。
振り向きざまの笑顔……ハイ、即優勝!
こういう時に泉さんの笑顔はズルいと思う。
それこそ、王子様じゃん。
小学生の頃は背が大きい女の子だな。と、しか思わなかった。
中学生の頃なんて、たまに見掛けるくらいで、存在自体を意識してなかった。
一回意識しちゃうと、どんどん意識してしまう。
それも、泉さんが格好良いし、可愛いし、優しいのが悪い。いや、最高かよ!!
「この、楽譜が良いんだ。明日、頑張ろう」
『はい』と、小声で呟くのが精一杯だった。




