第14話 合唱コンクール ②
泉さんの様子が何かおかしい。
壁を感じる気がする。少しは仲良くなったと思ったけど、アタシだけだったのかな。
「前の練習は一人にさせちゃって、ごめんね」
「気にしないで」
二回目の練習の日。シフトに入ってたバイトの子が体調不良により、急遽呼ばれてしまった。
アタシが風邪の時に変わってもらった事もあるし、そこはお互い様なんだけど。
ピアノの前に座るなり、早速弾き始める泉さん。
ピアノのテンポが前の時より、焦ってると言うか速い気がするし音が強い。
アタシが急に練習休んだことを怒ってる?
でも、泉さんが、そんな事で怒るようには思えない。
泉さんでもプレッシャーとか感じるのかな?
「1回ストップ」
アタシの言葉に、泉さんはすぐに演奏を止めた。手は鍵盤に掛かったまま動かない。
少しすると『フッ』と、鍵盤に刺さりそうな鋭利な溜息を吐いた。
泉さんに何があったのか、どういう心境なのか分からないけど、何かに悩んでるのか、怒ってることは感じる。
それをアタシが土足のまま突っ込んで行って良いのかどうか
「座ったままで良いよ」
無理やり泉さんの隣に座った。二人で座ると当たり前だけど狭い。肩が触れるか触れないのかの距離に緊張するけど、強がって当たり前みたいな顔をした。
「何しているの? 」
「ここに、座りたい気分だったの」
泉さんが椅子から立ち上がらなかったのは、アタシに対しての意地なのか、どうでも良かったのか。
「口、開けて」
「なんで」
「良いから」
納得したのかしてないのか微妙な表情のまま、泉さんは口を小さく開けた。
「ほい」
何ていうんだっけ?鳩が豆鉄砲??食らったみたいな、思考停止して珍しく、泉さんの目が点になっていた。
「グレープ味のグミ。噛んで」
理解が追いつけないからか、素直にアタシの言う通りにグミを噛み始めた。
アタシも同じ様にグミを噛む。
防音された静かな音楽室。
ほぼ、ゼロ距離で横並び。
自分の、そして相手の。
コーティングされたグミを、噛む音だけがリズム良く聴こえる。甘酸っぱい……
泉さんの心のコーティングも溶ければなぁ。とか、思っちゃったりして、自分の乙女心に酔ってみる。
「グミってリラックス効果あるらしい」
泉さんは静かに笑ってくれた。
「そうみたいね」
「ってか、このグミ美味しいじゃんね」
「私も前に、食べた時に思った」
だから、買って来てるんだけどね。
「叶乃から教えてもらったんだけど、こうするとASМRっぽくない? 」
泉さんの両耳を両手で軽く塞いだ。
また、目を丸くした泉さん。
慌てて、両手を耳から離した。
「ごめん! 」
なに、勝手に泉さんの耳に手を添えてるのよ! つい、叶乃にしてたこと、しちゃったじゃん!!
『大丈夫』とは、言ってくれたけど、恥ずかしくなって、同じ事をすることが出来ない。
叶乃の時はこんな気持ちにならなかったのに。
「なんか。キスの時にも、お互いに相手の両耳押さえると、凄いらしいよ。これも、叶乃が言って……た」
泉さんと視線が絡む。なんだ、このフワフワ・トロトロした空気感?
恥ずかしいから、別なこと話そうとしたら、もっと恥ずかしくなった。
叶乃が同人誌で得た知識を、アタシに教えてくれただけなのに。
でも、ほんの一瞬だけ。泉さんとのキスシーンが脳内スクリーンにデカデカと映し出された。
2Dだから良かったけど、4DXに進化したら、マジしんどい!
今まで、こんな事なかったよね?……この、妄想はセーフ??
場をつなぐように『アハハ』と、力なくアタシが笑ったあとは静寂が訪れた。
終わりの時間が来るまで。そのまま二人。グミを分け合って食べた。
何も喋らなくても、嫌じゃない時間。
何もしなくても、嫌じゃない空間。
緊張は少ししちゃうけど、泉さんといるだけで、アタシは楽しいし満たされるんだ。
「最後に一回だけ、泉さんのピアノ聴きたい」
頷くと泉さんは、静かに弾き始めた。
そのピアノの音ははじめに聴いたのとは全部違っていた。優しく、勝手にアタシに寄り添ってくれているように感じた。
思ったのは、ゆっくりと氷が溶けていくような感覚だった。
「ありがとう。聴き入っちゃった」
「私のほうこそ、ありがとう」
「うんうん。じゃ、帰ろっか」
「私、用事あるから、先に帰ってて良いよ」
「そっか。じゃ、また明日」
用事……校内に残るってことは、用事があるのは学校ってこと?
気にはなるけど、泉さんには泉さんの時間もあるもんね。
「八乙女さん」
「ん? 」
音楽室を出ようとしたら引き留められた。泉さんは椅子に座ったままだった。
「普通ってなんだろうね? 」
どういう意味で言ってるんだろ?
アタシより遥かに頭が良い、泉さんの方が知ってるんじゃないの?
「なんだろ、日常になっていけば、それが『普通』なんじゃない」
「ありがとう」
今の答えで良かったのかな? 正解が分からない。
「バイバイ」
「バイバイ。帰り気を付けて」
泉さんの質問の意図って、なんだったんだろ?
「めるちょ。練習終わって、帰るとこ? 」
昇降口で叶乃と出くわしてしまった。こんな時間まで、何してたんだ?
「そうだけど、叶乃は? 」
「気付いたら17時だった」
「は? え?? どういうこと!? 」
「カノ、五限目の途中から記憶なくてさ」
え? まさか?? 帰る時に叶乃が、机に突っ伏してたのは見たけど
「そのまま眠ってたらしいんだけど、さっき起きて気付いたら17時で、さすがに慌てたね」
いや、全然慌ててないじゃん!
眠い目を擦りながら歩いてるじゃん!!
「叶乃! さすがにヤバいって」
「だよね。五限目からだから、3時間くらいしか眠れてない」
「そっちじゃない! ってか、3時間って昼寝にしても眠れてる方でしょ!! 」
「一応、ユーリンからは『ウチは何回も声掛けたからな!』って。DM来てた」
あぁ もう 叶乃にとっては、これが普通なんだろうけど……『普通』=『日常』
でも、アタシからしたら叶乃のそれは普通じゃない。って事だし……なんか、ムズ!
「で、優梨は諦めて帰ったのね」
「いや、なんかクラス委員の仕事がある。とかで残ってる」
こんな時間までクラス委員も大変だなぁ。アタシなら絶対に嫌だけど
隣から『ふわぁ』と、大きい欠伸が聞こえてきた。
「昨日も深夜から、推しの配信観てたから、寝てなくてさ」
「そんなの、アーカイブでも観れるじゃん」
「リアタイだからこその、良さがあるんだよ」
叶乃って、リアルの恋愛とか興味はあるのかな? 推しとかにガチ恋か??
「叶乃って、好きな人いんの? 」
「一個下に」
「え? 」
「今は、呪滅に出てる宝生院マユリ様」
「絵!? 」
「マユたそは良いぞ。二次創作だとカノとは解釈違いの、カプにもなったりが多いけど〜」
次元が一個下? 叶乃に聞いたのが間違いだった。
アタシも女の子のアイドルものソシャゲとかアニメも好きだから、別に否定はしないけど。
でも今、アタシが欲しい言葉とは違う
「カノさ、普通の恋愛は? 」
「『普通』って、なに? 」
それが、知りたいんだけど
「いや、知らんけど。他の高校に好きな男子がいるとか? 同中だった先輩が好きとか」
「カノの好きも『普通』だ。それに、もし『普通』じゃないと思うなら、自分なりの『普通』にして行けばいい」
分かるようで絶妙に分からない!!
もし、仮に、アタシが泉さんを恋愛対象と見たら?
「イズミンが、昼休み一緒にいることも『普通』になったし」
あぁ、そうか。アタシが泉さんに言ったことと同じだ。泉さんが居る昼休みは日常で、アタシたちにとっては普通になったんだ。
じゃあ。普通は、どこからが友達で、どこからが恋人? グラデーションみたいになってるの? 何かキッチリとした境目があるの?
今まで考えたこともないし、誰にどう伝えれば、アタシの欲しい答えは返って来るんだろ。
そう言えば、今日も前も泉さんの楽譜に、イラストと吹き出しコメント、書けなかったなぁ。




