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小さな再開発

 橋前市場の計画は、その日のうちに村へ広まった。


「本当に市場を動かすらしい」


「流民の提案だろ?」


「また無茶なことを……」


 反応は半々だった。


 期待よりも、不安の方が大きい。長く衰退している場所ほど、人は変化を怖がる。


 玲司は朝から橋前へ来ていた。橋の周辺を歩きながら、地面の状態、川との距離、人の流れを確認する。


「で、まず何するんだ?」


 ボルドが木材を抱えながら聞いた。


「掃除です」


「……掃除?」


「この辺、汚すぎる」


 橋前には雑草が伸び、壊れた樽や石材が放置されていた。商人が止まりたくなる環境ではない。


 玲司は地面を指差す。


「まず“ここに居てもいい場所”にする」


「居てもいい場所?」


「人は汚い場所に長居しません」


 これも前世で散々見た。どれだけ立地が良くても、空間が不快だと人は滞在しない。


「あと視界」


「視界?」


「橋から市場が見えない」


 玲司は雑草を見た。


「邪魔なものをどかす」


 すると近くで聞いていた若者たちが顔を見合わせた。


「……やるか?」


「まぁ掃除くらいなら」


 少しずつ人が動き始める。


 玲司はその様子を見ながら、小さく息を吐いた。


(まずは成功体験だ)


 前世でも同じだった。最初から大規模改革は失敗する。重要なのは、「変えたら良くなった」を積み重ねることだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昼頃になると、橋前の景色はかなり変わっていた。


 雑草は刈られ、道幅が広がっている。放置されていた木箱も片付けられ、橋から川まで視界が抜けた。


「……明るくなったな」


 ボルドが驚いたように呟く。


 実際、空間の印象はかなり変わっていた。


 玲司は頷く。


「見通しが良くなると、人は入りやすくなるんです」


「そんなもんなのか?」


「人間は閉塞感を嫌います」


 商店街でも同じだった。見通しが悪い場所は人通りが減る。逆に、先が見える空間には人が流れやすい。


 ミリアが橋の上から手を振った。


「玲司ー! なんか人増えてる!」


 見ると、足を止める商人が増えていた。


「なんだ?」

「昨日の場所か?」


 まだ店は出ていない。だが人は止まる。


 理由は単純だった。


 “変化”があるからだ。


 人は工事や人だかりを見ると気になる。これは前世でも同じだった。


「お前、これも計算してたのか?」


 ボルドが半ば呆れたように言う。


「多少は」


「怖ぇなほんと……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「無駄なことをご苦労だな」


 カルムだった。


 後ろには数人の村人を連れている。


「市場ごっこは楽しいか?」


 露骨な嫌味だった。


 ボルドが顔をしかめる。


「また来たのか」


「私は村の会計役だからな。無駄遣いは見逃せん」


 カルムは橋前を見回した。


「掃除をした程度で村が変わるとでも?」


「変わりますよ」


 玲司は即答した。


 カルムが鼻で笑う。


「根拠は?」


「人が増えてる」


「……」


 実際、橋前を通る人間は明らかに昨日より多かった。いや、正確には“止まる人間”が増えている。


 玲司は橋を見る。


「人は、人がいる場所へ集まります」


「そんな曖昧な話を――」


「曖昧じゃない」


 玲司は珍しく強めに言った。


 カルムが一瞬黙る。


「商売は空気で決まる部分がある」


「空気?」


「賑わってる場所には、人が入る。逆に誰もいない場所には入らない」


 これは理屈というより、人間の本能に近い。


「だからまず、人が居る空間を作る」


 玲司は橋前を見渡した。


「商品は後から増やせばいい」


 カルムは苛立ったように舌打ちする。


「……くだらん」


 そう言い残し、去っていった。


 だが玲司は少し安心していた。


(反対してるってことは、変化を感じてる)


 本当に無価値なら、人は反応しない。


 つまり橋前は、もう無視できない場所になり始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 玲司は一人で橋の上に立っていた。


 夕日が川を赤く染めている。


 橋前では、ミリアたちが明日の準備をしていた。笑い声が聞こえる。


 ほんの数日前まで、この場所には何もなかった。


 だが今は違う。


 少しずつ、人が集まり始めている。


 玲司は静かに川を見る。


 前世では、何度も「街を変えたい」と思った。


 だが実際には、会議と数字ばかりだった。


 現場に触れる頃には、もう全部決まっている。


 でも今は違う。


 自分の考えで空間が変わる。


 人の流れが変わる。


 その実感があった。


「……面白いな」


 思わずそう呟いていた。


 この世界で初めて、玲司は少しだけ笑った。

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