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橋前市場

 橋前には、朝から人が集まっていた。


「昨日より多くないか?」


「なんか噂になってるらしいぞ」


「橋前で休めるって」


 玲司は橋の端に立ちながら、その流れを静かに観察していた。


 増えている。


 確実に。


 まだ“大繁盛”というほどではない。だが、明らかに昨日までとは違う。


 人が止まり始めている。


 それが重要だった。


「玲司! 水持ってきた!」


 ミリアが木桶を抱えて走ってくる。後ろには新しい木箱も積まれていた。


「それ、どうした?」


「おじさんが貸してくれた!」


 見ると、近くの雑貨屋の主人がこちらを見ていた。目が合うと、少し気まずそうに視線を逸らす。


 玲司は小さく笑った。


(乗り始めたな)


 商売人は現金だ。


 儲かる気配がある場所へ、人は自然に集まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昼前。


 橋前には、パン以外の屋台も増えていた。


「焼き串だ!」

「熱いうちに食え!」


 肉の匂いが広がる。


 さらに別の場所では、小さな露店が布を売っていた。


「……早いな」


 ボルドが感心したように言う。


「昨日まで誰も来なかったのによ」


「人が集まる場所には店が増えます」


 玲司は即答した。


 これは当然だった。


 商人は“人”を見る。


 どれだけ立派な建物があっても、人がいなければ意味がない。


 逆に、青空の下でも人が集まれば商売になる。


「でも不思議だな」


 ボルドが橋前を見回す。


「別に特別なことしてねぇのに」


「してますよ」


「ん?」


「“止まれる場所”を作った」


 玲司は橋を見る。


「前は通り過ぎるだけだった」

「今は休める」


 それだけで空間の価値は変わる。


 実際、商人たちは橋前で足を止め、食事をし、雑談していた。


 その間にまた別の人が集まる。


 賑わいは連鎖する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、見ろ」


 ボルドが顎をしゃくる。


 橋の向こうから、三台の荷車が来ていた。


 見覚えのない商隊だ。


「この辺で休めるって聞いたんだけどよ」


 先頭の商人が周囲を見回す。


「空いてる場所あるか?」


 ボルドが目を丸くする。


「……マジか」


 玲司は冷静に橋前を見る。


 想定より早い。


 だが悪くない。


「橋の横、使ってください」


 玲司が指差す。


「夕方までなら空いてます」


「助かる!」


 商人たちは荷車を止め始めた。


 その瞬間。


 周囲の店主たちの空気が変わる。


 客が増える。


 つまり売上が増える。


「串追加だ!」

「パン焼けたぞ!」


 声が飛び交う。


 橋前の熱量が、一段上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……信じられん」


 ボルドが呟く。


「たった数日だぞ」


「立地は元々良かったんです」


「でも今まで誰もこんなこと……」


「人は“場所”を見てないから」


 玲司は静かに言った。


 前世でも同じだった。


 多くの人間は、

 店を見る。

 商品を見る。

 価格を見る。


 だが本当に重要なのは、“どこにあるか”だった。


 立地は、人間の行動そのものを変える。


「玲司!」


 ミリアが興奮した顔で駆け寄ってくる。


「今日、昨日の三倍売れてる!」


「……三倍?」


「銅貨こんなに!」


 両手いっぱいの銅貨。


 ボルドが目を見開く。


「お前、昨日まで赤字だったよな……?」


「う、うん」


 ミリア自身が一番驚いていた。


 玲司は銅貨を見ながら考える。


(数字が出始めた)


 これは大きい。


 人は、理論では動かない。


 結果で動く。


 前世でもそれは変わらなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「……なるほど」


 低い声。


 玲司が振り返る。


 カルムだった。


 だが今日は一人ではない。


 後ろに数人、商人風の男たちを連れている。


「この流れを作ったのは君か」


 商人の一人が玲司を見る。


 鋭い目だった。


 ただの行商人ではない。


 玲司は少しだけ警戒する。


「まぁ、多少は」


「面白い」


 男は橋前を見回した。


「何もない場所に人を集めた」


 玲司は即座に否定する。


「元々人は流れてましたよ」


「……ほう?」


「ただ、誰も止めなかっただけです」


 男が少し笑う。


「カルム殿の言う通りだな。変な男だ」


 カルムは苦々しげに玲司を睨んでいた。


 だがその目には、昨日までとは違う感情が混ざっている。


 警戒。


 あるいは焦り。


 玲司は橋前を見渡した。


 人がいる。


 笑い声がある。


 金が動いている。


 ほんの数日前まで死にかけていた空間が、確実に変わり始めていた。

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