市場を動かせ
「市場を移す、か」
グランツは椅子に深く腰掛けたまま、ゆっくりと玲司を見ていた。その目には疑いと興味が半分ずつ混ざっている。
「簡単に言うが、そんなことができるなら苦労していない」
「全部移す必要はありません」
玲司は即答した。
「まずは橋前に小規模市場を作る。それだけでいい」
「小規模市場?」
「屋台を集めるんです」
玲司は机の上に置かれた村の簡易地図を見る。橋、川、現在の市場位置、街道。頭の中では既に人の流れが組み上がっていた。
「今の市場は“目的地”として弱い。だから人が寄り付かない。でも橋前なら違う」
「人が止まるからか」
「はい。重要なのは“通る人間”を捕まえることです」
グランツは腕を組む。
「しかし、橋前は狭いぞ」
「だからいいんです」
「……どういう意味だ」
「狭い場所は混雑する。混雑すると人は興味を持つ」
エルザが少し感心したように玲司を見る。
「人が多い場所に人は集まる、ってこと?」
「そうです」
前世でもそうだった。人気店には行列ができる。行列が行列を呼ぶ。商業施設でもイベントでも、結局は“賑わって見える場所”が勝つ。
「あと、この村は広場の使い方が悪い」
「広場?」
「今の市場広場、広すぎます」
玲司は地図を指差す。
「人が少ないのに空間だけ広いと、余計に寂れて見える」
グランツが小さく目を細めた。
「……確かにな」
「だから密度を上げるべきです。小さい範囲に人を集中させる」
「なるほどね」
エルザが呟く。
「賑わってるように“見せる”のか」
「実際に賑わえば一番ですけどね」
玲司がそう返すと、エルザは少し笑った。
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「問題は金だ」
グランツが現実的な声を出す。
「屋台を作るにも、人を集めるにも金がいる。この村にそんな余裕はない」
「大きくやる必要はありません」
「……?」
「まず三店舗です」
「三つ?」
「パン屋、飲み物、あと休憩できる椅子」
グランツが眉をひそめる。
「椅子?」
「休憩場所は重要です」
玲司は橋を見るように窓の外へ視線を向けた。
「人は疲れると座りたくなる。そして座ると滞在時間が伸びる」
「滞在時間……」
「長くいる人間ほど金を使います」
これは商業施設でも同じだった。滞在時間と消費額はかなり比例する。
「あと橋前に屋根を作りたいですね」
「屋根まで?」
「雨避けです。雨の日でも止まれる場所を作る」
グランツはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……お前、本当に変わった男だな」
「よく言われます」
「普通は“何を売るか”を考える。お前は“どう人を止めるか”ばかり考えている」
「そっちの方が重要なので」
玲司にとっては当然だった。商品は入れ替えられる。だが立地は簡単には変えられない。
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その時、部屋の扉が乱暴に開いた。
「旦那様!」
入ってきたのは中年の男だった。痩せた身体に神経質そうな顔。服装は整っているが、どこか余裕がない。
「なんだ、カルム」
グランツが顔をしかめる。
「市場移転の話を聞きました!」
カルムと呼ばれた男の視線が玲司へ向く。
「……そちらですか。妙な提案をしている流民というのは」
露骨な敵意だった。
玲司は無言で相手を見る。
「橋前に市場? 馬鹿げている。あんな場所で商売など成り立つはずがない」
「昨日は成り立ってましたよ」
玲司が返すと、カルムの眉が跳ねた。
「あれは偶然です!」
「偶然で毎回人は止まりません」
「素人が知ったような口を……!」
空気が険悪になる。
だが玲司は逆に少し安心した。
(ああ、いるよなこういうタイプ)
前世でも散々見てきた。変化を嫌う人間。前例を守る人間。責任を恐れる人間。
「カルム」
グランツが低く言う。
「お前は何か代案があるのか?」
カルムが詰まる。
「そ、それは……」
「税収は減っている。商人も減っている。現状維持でどうにかなる段階は過ぎた」
グランツの声は静かだったが重かった。
カルムは悔しそうに玲司を睨む。
「こんな得体の知れない男を信用するのですか」
玲司はそこで初めて口元を少し歪めた。
「別に信用しなくていいですよ」
「……何?」
「結果だけ見てください」
前世ではそれすら許されなかった。会議、根回し、責任逃れ。その前に企画が死ぬ。
だが今は違う。
少なくとも、この世界ではまだ動ける。
玲司は静かに確信していた。
橋前市場は成功する。
これは勘ではない。
構造の問題だった。




