衰退の理由
翌朝。
玲司はエルザの馬車に揺られていた。
窓の外では、ハルグ村の景色がゆっくり流れていく。
空き家。
崩れた壁。
人の少ない道。
だが
(やっぱり立地は強い)
何度見てもそう思う。
川沿い、街道沿い、山脈への入口。
本来なら、物流都市として発展していておかしくない。
「そんなに外が気になる?」
向かい側でエルザが微笑む。
「気になります」
「変わってるわね」
「前職の癖です」
「前職?」
玲司は少し言葉に詰まった。
異世界転生を説明しても、理解されないだろう。
「街を見る仕事でした」
嘘ではない。
エルザは興味深そうに目を細めた。
「街を見る、ね」
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領主屋敷は、村の北側の高台にあった。
石造りで古いが大きい。
ただ、玲司は違和感を覚えた。
(無駄が多い)
門から玄関までが長い。
しかも導線が悪い。
人を迎える構造ではなく、“見せるため”の設計になっている。
つまり。
(昔はかなり栄えてたな)
財力があった時代の建築だ。
だが今は維持しきれていない。
壁の補修も雑だった。
「気づいた?」
エルザが言う。
「維持費ですか」
エルザが少し驚く。
「……本当に見えてるのね」
「大体は」
屋敷が大きすぎる。
今の村規模に合っていない。
つまり、固定費が重い。
前世でもよく見た。
衰退地域で、昔の規模を維持できなくなるケース。
都市も組織も同じだった。
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応接室。
玲司の前には、一人の壮年男性が座っていた。
白髪交じり。
厳しい顔。
だが目には疲労が滲んでいる。
「父よ」
エルザが口を開く。
「昨日話した人を連れてきたわ」
男――領主グランツは、玲司を値踏みするように見た。
「流民と聞いたが」
「そんなところです」
「随分落ち着いているな」
「慣れてるので」
「何にだ?」
「理不尽にです」
一瞬、部屋が静かになった。
エルザが吹き出しそうになる。
グランツは数秒玲司を見つめ、やがて小さく笑った。
「変な男だ」
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「それで」
グランツが腕を組む。
「お前が村を変えたと聞いた」
「変えたというほどでは」
「橋前の屋台だ」
やはり話は届いているらしい。
「商人が噂していたぞ。“橋前に人だかりができていた”とな」
玲司は少し考える。
前世なら、この手の話は大体危険だった。
成果を出した人間に、責任だけ押し付けられる。
嫌な記憶が蘇る。
「……偶然ですよ」
「偶然で村に人は集まらん」
グランツは即答した。
その声には重みがあった。
玲司は少しだけ考えを変える。
(この人、ちゃんと現場見てるな)
前世の上司たちとは違う。
少なくとも、現実を理解している。
「では聞こう」
グランツが前のめりになる。
「この村はなぜ衰退した?」
玲司は即答した。
「人の流れが変わったからです」
エルザが静かに頷く。
グランツは続きを促した。
「南街道ができた」
「だから物流が移った」
「それだけではありません」
玲司は窓の外を見る。
「ハルグ村は、“通過されること”への対策をしなかった」
「……」
「市場の位置も悪い」
「排水も悪い」
「導線も古い」
玲司は続ける。
「つまり、昔の構造を引きずったままなんです」
グランツは黙って聞いている。
「街は変化します」
玲司は静かに言った。
「人の流れも変わる」
「物流も変わる」
「なのに村だけ昔のままだった」
それが衰退の本質。
前世でも同じだった。
変化できない場所から、人は離れていく。
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しばらく沈黙が続いた。
やがて。
「……なるほどな」
グランツが低く呟く。
「耳が痛い話だ」
エルザが小さく息を吐いた。
玲司はそこで気づく。
(この人たち、全部わかってたのか)
わかっていても、変えられなかった。
金がない。
人がいない。
余裕がない。
衰退とは、そういうものだ。
「玲司」
グランツが言う。
「お前、この村をどうするべきだと思う?」
玲司は少しだけ迷った。
だが、もう隠しても意味はない。
「市場を移します」
「橋前か」
「はい」
「理由は?」
「橋がこの村で一番価値のある場所だからです」
グランツの目が細くなる。
「……面白い」
その瞬間。
玲司は理解した。
この話、もう引き返せないところまで来ている。




