領主の娘
橋の前に、妙な緊張感が流れていた。
黒い馬車。
紋章付き。
護衛付き。
明らかに、この村には不釣り合いな存在だった。
「エルザ様……」
ボルドが小さく呟く。
玲司はその名を頭の中で反復する。
(領主関係者か)
黒髪の女性――エルザは、並ぶ人々を静かに眺めていた。
その視線は鋭い。
ただの貴族ではない。
観察する目だった。
「この村で行列を見るのは久しぶりね」
エルザが言う。
ミリアが慌てて頭を下げた。
「きょ、今日はたまたまで……!」
「たまたまで、こんな風にはならないわ」
エルザの視線が玲司へ向く。
「あなた、旅人?」
「まぁそんなところです」
「名前は?」
「藤崎玲司」
「……変わった名前ね」
やはりそこは引っかかるらしい。
玲司は苦笑した。
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「少し話せるかしら」
橋から少し離れた場所。
川沿い。
エルザは護衛を下がらせると、玲司へ向き直った。
「まず聞きたいのだけれど」
「はい」
「どうやったの?」
単刀直入だった。
玲司は橋を見る。
「人を止めただけです」
「……それだけ?」
「はい」
エルザは怪訝そうに眉をひそめる。
玲司は地面へ視線を落とした。
「この橋、村で一番“強い場所”なんです」
「強い場所?」
「人と物が集中する場所です」
玲司は棒で地面に線を描く。
「橋は狭い」
「だから荷車が減速する」
「……」
「減速すると、人は周囲を見る」
エルザは黙って聞いている。
「そこへ匂いを置く」
「パン」
「はい」
「すると人が止まる」
「……」
「止まると会話が生まれる」
玲司は橋を見る。
「会話がある場所には、さらに人が集まる」
「だから行列ができた?」
「半分は偶然です」
玲司は正直に答えた。
「でも、この橋に人を止める力があるのは確実です」
エルザは少しだけ目を見開いた。
「……面白い考え方ね」
「そうですか?」
「普通は、“店”を見て商売を考えるわ」
エルザは橋へ目を向ける。
「あなたは“場所”を見てる」
玲司は少しだけ驚いた。
(理解が早い)
この世界では珍しい。
ほとんどの人間は、商売を“商品”で考える。
だが本質は違う。
重要なのは、“どこで売るか”だった。
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「……実は」
エルザが小さく息を吐く。
「この村、かなり危ないの」
「やっぱり」
「わかるの?」
「見れば」
玲司は即答した。
エルザは苦笑する。
「本当に変な人ね」
だが、その顔には少し安堵もあった。
「税収は減り続けてる」
「商人も減った」
「若者も出ていく」
エルザは川を見る。
「正直、父はもう見捨てるつもりだった」
「……」
「でも今日、久しぶりに村で笑い声を聞いた」
風が吹く。
橋の前では、まだ人の声がしていた。
「だから知りたいの」
エルザが玲司を見る。
「この村、本当にまだ助かると思う?」
玲司は少し黙った。
そして、周囲を見渡す。
川。
橋。
街道。
山脈。
物流。
立地。
条件だけなら、前世では奪い合いになるレベルだ。
問題は、全部使えていないこと。
「助かります」
玲司は断言した。
エルザの目が揺れる。
「ただし」
「?」
「今のままだと無理です」
玲司は橋の先を指差した。
「この村、“通過される村”になってる」
「通過……」
「人が止まらない」
「だから金が落ちない」
玲司は続ける。
「必要なのは、“目的地”にすることです」
「目的地?」
「わざわざ寄りたくなる場所」
エルザは静かに玲司を見つめていた。
その視線は、最初より真剣になっている。
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「……ねぇ」
エルザが言う。
「もし」
「?」
「あなたがこの村を立て直すなら、最初に何をする?」
玲司は少し考えた。
そして。
「市場を移します」
「……やっぱりそこなのね」
「はい」
玲司は迷わなかった。
「今の市場、死んでます」
「そこまで言う?」
「立地が悪い」
「……」
「あと、排水も終わってる」
エルザが吹き出した。
「ふふっ……」
「?」
「そんな言い方する人、初めて見た」
玲司は首を傾げる。
だがエルザは、どこか楽しそうだった。
「ねぇ玲司」
「はい」
「明日、屋敷へ来なさい」
玲司が目を細める。
「領主様に会わせる」
嫌な予感がした。
前世でもそうだった。
成果を出すと、必ず上が寄ってくる。
そして大体、面倒な話になる。
だが。
玲司は橋を見る。
小さな賑わい。
笑い声。
流れ始めた人。
それを見ていると、断る気にはなれなかった。
「……わかりました」
エルザは満足そうに頷く。
「期待してるわ。“土地が見える人”」




