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投票

 候補者活動開始から数日。


 橋前市場の熱気は、これまで以上に高まっていた。


「市場派かなり勢いあるな」

「いや宿区画側も支持増えてるぞ」


 広場でも。

 市場でも。

 宿でも。


 皆、誰を支持するか話している。


 以前の橋前では考えられない光景だった。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その空気を静かに見下ろしていた。


(……とうとうここまで来たか)


 代表制は最終的に“投票”へ到達する。


 支持を、数字へ変換する行為。


 それが選挙だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが木箱を抱えて走ってくる。


「投票箱できたぞ!」


「早いですね」


「最近の橋前、進化速度おかしいんだよ!」


 玲司は少しだけ苦笑した。


 木箱には小さな穴が空いている。


『市場区画投票箱』


 横には紙束。


 候補名を書く形式だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……本当にやるのね」


 エルザが投票箱を見る。


「やります」


 玲司は静かに頷いた。


 民主制とは結局、“誰の意見を優先するか”を決める仕組みだ。


 そして。


 そのためには、数える必要がある。


「最近の橋前、“皆が参加した”だけじゃ決まらなくなってるので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前広場には、大量の人が集まっていた。


「これ名前書けばいいのか?」

「一人だけ?」


 ざわついている。


 当然だ。


 この世界では、平民が“意思表示を数として扱われる”経験自体がほぼ存在しない。


 玲司は投票台を見る。


 前世では当たり前だった。


 だが今は違う。


 これは、統治構造そのものを変える行為だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……なんか皆、妙に緊張してるわね」


 エルザが小さく言う。


「多分、“自分の選択で街が変わる”って初めて実感してるので」


 玲司は静かに答えた。


 たった紙一枚で、都市の方向を変える。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最初に投票したのは、年配商人だった。


 震える手で紙を書く。


 木箱へ入れる。


 周囲が静まる。


 まるで儀式だ。


「……本当に投票してる」


 誰かが呟く。


 その後。


 一人。

 また一人。


 人々が列へ並び始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“民意が数字化”され始めてるのか」


 カルムが低く呟く。


「かなり」


 玲司は頷いた。


 民主制最大の特徴は、“空気”を数へ変換することだ。


 人気。

 支持。

 不満。


 全部、

 票になる。


「最近の橋前、“誰が強いか”じゃなく“誰が支持されてるか”で動き始めてる」


 ボルドが頭を抱えた。


「最近毎日歴史の転換点みたいなんだよな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもこれ、怖くない?」


 エルザが静かに聞く。


「票少なかった側とか」


「かなり怖いです」


 玲司も否定しなかった。


 民主制は残酷だ。


 必ず、勝者と敗者が生まれる。


 そして。


 負けた側も同じ都市で生き続ける。


「都市って、多分“負けた側も残る社会”なので」


 その声は静かだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い職員が駆け寄ってくる。


「市場区画側、“投票監視人”置きたいって!」


 ボルドが吹き出した。


「もう完全に本物の選挙じゃねぇか!」


 玲司は小さく息を吐いた。


(まぁ必要だな)


 選挙制度は“公平だと思われる”必要がある。


 不正疑惑が出れば、結果そのものが崩れる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当にここまでやるのか」


 ボルドが呆れたように聞く。


 玲司は少しだけ空を見る。


「都市って、多分“殴り合いを票へ変換する装置”なので」


 ボルドが遠い目をした。


「最近のお前、本当に物騒な本質しか言わねぇな……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに投票列を見る。


「……危険ですね」


「何がです?」


「平民たちが、“自分たちが街を決める”と理解し始めています」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 民主制の本質はそこだ。


 “自分にも決定権がある”


 その感覚が、社会構造を変える。


「最近、周辺領地でも“橋前では平民が投票している”と噂です」


 ラウスは苦笑する。


「かなり革命的です」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前市場では、投票列がまだ続いていた。


「お前誰入れた?」

「言うわけねぇだろ」


 笑い声。


 緊張。


 期待。


 全部混ざっている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その光景を静かに見ていた。


 投票とは“都市の未来を暴力ではなく意思で決める”ための発明なのかもしれない。


 夜の橋前市場では、“誰へ未来を託すのか”という無数の意思だけが、静かに木箱の中へ積み重なり続けていた。

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