利権
区画代表選出が近づくにつれ、橋前市場の空気はさらに熱を帯びていた。
「市場区画は物流優先だ!」
「住宅拡張しねぇと人住めねぇ!」
橋前広場では、代表候補たちが毎日のように議論している。
だが最近、その熱気に少し違う匂いが混じり始めていた。
「……あいつ、最近急に羽振り良くねぇか?」
「宿屋連中から金流れてるって話だぞ」
玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その会話を静かに聞いていた。
(……来たか)
権限が生まれる場所には、必ず利益が集まる。
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「玲司」
ボルドが難しい顔で橋へ上がってくる。
「ちょっと嫌な話聞いた」
「票集めですか?」
「なんで分かるんだよ……」
玲司は小さく息を吐いた。
予想通りだった。
「酒奢ったり、土地約束したりしてる奴いるでしょう」
「いる」
ボルドが頭を掻く。
「最近、“市場区画代表になれば区画整理優先できる”とか言い始めてる」
玲司は少しだけ目を閉じた。
(完全に政治化したな)
予算と権限が生まれると、人は“利益化”を始める。
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「……つまり、“代表になると得”って空気が出てきたの?」
エルザが低く聞く。
「かなり」
玲司は頷いた。
政治腐敗の入り口は大体同じだ。
権限。
金。
便宜。
“公共”が、“私益”へ変わり始める。
「最近、区画整備が“街のため”じゃなく“自分の利益”で語られ始めてる」
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その日の昼。
橋前管理所では、重い空気が流れていた。
「宿区画代表候補、商人から金受け取ってるらしい」
カルムが低く言う。
「まだ噂だがな」
玲司は静かに木板を見る。
都市開発と利権は切り離せない。
道路。
再開発。
区画整理。
全部、金が動く。
「……制度作ります」
ボルドが嫌そうな顔をした。
「最近それしか言ってねぇなお前」
「必要なので」
玲司は苦笑した。
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「何するの?」
エルザが聞く。
「公開制ですね」
「公開?」
「議事」
「予算」
「区画決定理由」
腐敗対策の基本は“透明化”だ。
密室化すると、大体腐る。
「今の橋前、“誰が何決めたか”見えなくなり始めてるので」
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「……お前、本当に行政そのものになってきたな」
カルムが呆れたように言う。
玲司は少しだけ黙った。
行政資料なんて退屈な紙だと思っていた。
だが今は公開記録とは、“人間の暴走を抑える仕組み”なのだと理解し始めていた。
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「玲司殿」
ラウスが静かに口を開く。
「……興味深いですね」
「何がです?」
「普通、権力者は権限を隠したがる」
ラウスは木板を見る。
「ですがあなたは、“見せる方向”へ進んでいる」
玲司は少しだけ空を見る。
前世でも、都市行政は透明性が求められた。
なぜなら。巨大な金と権限が動くからだ。
「最近、橋前市場って“制度”で動き始めてるので」
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その時だった。
「管理長!」
若い夜警が駆け込んでくる。
「市場区画で喧嘩です!」
ボルドが頭を抱えた。
「またかよ……」
「原因は?」
「代表候補の買収疑惑です!」
室内が静まる。
玲司は小さく息を吐いた。
(……早すぎるだろ)
政治は綺麗ではない
人が集まり、利益が生まれる以上、避けられない。
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夕方。
橋前広場では、怒号が飛び交っていた。
「裏で土地回してるだろ!」
「証拠あんのか!」
以前の橋前市場には、こんな揉め方は存在しなかった。
だが今は違う。
この街には、“権力”が生まれ始めている。
玲司は少し離れた位置から、その光景を静かに見ていた。
制度とは、人を便利にもするが、同時に腐らせる可能性もある。
その感覚を、玲司は少しずつ理解し始めていた。
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「でもあなた、あんまり驚いてないわね」
隣のエルザが小さく言う。
玲司は少し考えた後、小さく苦笑した。
「……前世でも、こういうの結構あったので」
エルザが呆れたように笑う。
「便利な世界だったんだか不便な世界だったんだか分からないわね」
夜の橋前市場では、“誰が街を動かすのか”という争いだけが、静かに熱を帯び続けていた。




