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限界

 買収疑惑騒動から数日。


 橋前市場の空気は、以前より明らかに重くなっていた。


「最近、なんかギスギスしてねぇか?」

「代表候補同士ずっと揉めてる」

「管理所も規則増やしすぎだろ……」


 以前の橋前市場には、“勢い”があった。


 だが今は勢いの代わりに、疲労が滲み始めている。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その空気を静かに感じ取っていた。


(……制度疲労始まったな)


 急拡大した組織は大体こうなる。


 ルールが増え、管理が増え、調整コストが膨れ上がる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 ボルドが橋へ上がってくる。


「最近、住民からも不満出てる」


「規制ですか?」


「全部だ」


 ボルドが疲れた顔で笑う。


「代表選出」

「公開会議」

「規則」

「許可申請」


「最近、“前より生きづらい”って声まである」


 玲司は少しだけ黙った。


(……まぁ当然か)


 都市化とは便利さだけではない。


 手続き。

 制限。

 管理。


 人口が増えるほど、自由は減る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも必要だったんでしょ?」


 エルザが静かに聞く。


「必要でした」


 玲司は頷いた。


 橋前市場は、もう自然村では維持できない。


 だから制度化した。


 だが、


「制度って、増えるほど重くなるので」


 行政肥大化は問題になる。


 ルールは街を守る。


 だが同時に、人を疲れさせる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前管理所では、書類が山積みになっていた。


「市場区画申請書」

「建築許可」

「営業調整」


 カルムが完全に死んだ目をしている。


「……終わらねぇ」


 ボルドも机へ突っ伏していた。


「最近、紙増えすぎだろ……」


 玲司は静かにその光景を見る。


 前世では、行政事務なんて“最初から存在するもの”だった。


 だが今は違う

 全部、自分たちで生み出している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当にこれが正しいと思うか?」


 カルムが低く聞く。


 玲司は少しだけ黙った。


 都市制度は万能ではない。


 規制しすぎれば停滞する。

 自由すぎれば崩壊する。


 結局。


 どこまで行っても、“バランス”しかない。


「……分かりません」


 玲司が静かに言う。


 室内が少し静まる。


「珍しいな」


 ボルドが顔を上げる。


「お前が“分からない”って言うの」


 玲司は苦笑した。


「前世でも、都市問題って正解なかったので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに管理所を見回す。


「……少し安心しました」


「何がです?」


「あなた、最近ずっと“正しい管理者”に見えすぎていた」


 玲司は少しだけ目を細めた。


 都市計画家も行政も、万能ではない。


 失敗する。

 批判される。

 迷う。


 それでも調整し続けるしかない。


「最近、周辺領地でも橋前市場は“完成された制度都市”みたいに言われてます」


 ラウスは苦笑する。


「ですが実際は、かなり綱渡りですね」


「かなりです」


 玲司も否定しなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い職員が駆け込んでくる。


「宿区画から抗議です!」


 ボルドが頭を抱える。


「今度は何だよ……」


「営業許可遅すぎるって」


 玲司は静かに目を閉じた。


(……処理能力限界か)


 急成長都市では行政遅延が起きる。


 人が増える速度へ、制度が追いつかなくなる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前市場では、長い列ができていた。


「許可まだか?」

「申請三日待ちだぞ!」


 以前なら、自由だった。


 だが今は違う。


 街を維持するために、確認が必要になった。


 手続きが必要になった。


 玲司は少し離れた位置から、その光景を静かに見ていた。


 行政手続きなんて面倒なだけだと思っていた。


 あれは多分、“巨大化した人間社会を壊さないための減速装置”なのだと、少しずつ理解し始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもあなた、ちょっと疲れてるわよ」


 隣のエルザが静かに言う。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……都市運営って、多分終わりないので」


 エルザが少しだけ苦笑した。


「ようやく“管理者”っぽい顔になってきたわね」


 夜の橋前市場では、無数の申請書類だけが、静かに灯りへ照らされ続けていた。

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