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制限

 橋前市場の熱狂は、日に日に強くなっていた。


「第二市場予定地、また値上がったぞ!」

「南区画、三日で倍だ!」

「今買わねぇと乗り遅れる!」


 市場中央では、人々が未来図を囲んで叫び続けている。


 以前なら、商品価格の話ばかりだった。


 だが今は違う。


 誰もが、“未来の橋前”を売買し始めている。


 玲司は第二橋の上から、その光景を静かに見下ろしていた。


(……まずいな)


 前世でも、熱狂は必ず加速する。


 そして誰も、止まれなくなる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが疲れ切った顔で走ってくる。


「土地争い、とうとう殴り合いになった!」


「どこです?」


「中央広場予定地!」


 玲司は少しだけ目を閉じた。


(来たか)


 中央広場予定地は、未来図公開以降、“最も価値が上がる場所”として扱われ始めていた。


 つまり、皆が欲しがる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 現場では、既に数人の商人が怒鳴り合っていた。


「俺が先に契約した!」

「口約束だろうが!」


 周囲では野次馬まで集まっている。


 玲司は静かに周囲を見回した。


 目が違う。


 皆、“街を作る”ではなく、“儲ける”目をしている。


 前世で見たことがある。


 都市バブル期特有の空気だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……止めます」


 玲司が静かに言う。


 空気が少し止まった。


「土地転売、制限します」


 一瞬、周囲が静まり返る。


「は?」

「なんでだよ!?」


 怒号が飛ぶ。


 だが玲司は動かなかった。


「今の橋前市場、投機化し始めてる」


「儲かって何が悪い!」


「短期はいいです」


 玲司は静かに答える。


「でもこれ、街壊れます」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……本当にそこまで危険なの?」


 エルザが低く聞く。


「かなり」


 玲司は頷いた。


 土地投機が始まると、街は“住む場所”ではなくなる。


 実需が死ぬ。


 住宅不足。

 価格高騰。

 空室投資。


 全部、繋がる。


「今の橋前、“街”じゃなく“賭場”になり始めてる」


 周囲が少し静まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 領主屋敷では、緊急会議が開かれていた。


「土地転売禁止だぁ?」


 商人代表が顔をしかめる。


「自由に売れねぇのか!」


「一定期間は禁止です」


 玲司は木板へ図を書く。


『実需優先』

『建築義務』

『短期転売制限』


「建てない土地保有、増え始めてるので」


 値上がり期待だけで空き地が増えると、都市機能が死ぬ。


「都市って、“使われてる”ことが重要なんです」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、成長止める側に回るのか」


 カルムが低く呟く。


「必要なので」


 玲司は静かに答える。


 都市政策とは“アクセル”だけではない。


 時には、過熱を抑える必要がある。


「最近、橋前市場、“未来期待”だけで膨らみ始めてる」


「まぁ確かに異常だな」


 カルムも否定しなかった。


 今の市場は、以前の空気とは明らかに違う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに口を開く。


「……英断だと思います」


「反発大きいですけどね」


「ですが放置すると崩壊します」


 ラウスは静かに市場を見下ろす。


「最近、“橋前なら絶対儲かる”という空気が強すぎる」


 玲司は少しだけ空を見る。


 “絶対伸びる”と皆が言い始めた時期は危ない。


 都市も。

 経済も。

 人も。


 永遠には伸びない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……珍しいわね」


 エルザが少し笑う。


「あなた、自分で作った熱狂を止めるのね」


「都市壊したくないので」


 玲司は苦笑した。


 何度も都市バブル崩壊を見た。


 急成長した街ほど、崩れる時も速い。


「だから今止める」


 その声は静かだった。


 だが確信があった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前市場では、新しい掲示が張り出されていた。


『土地短期転売制限』

『建築義務化』

『空地保有規制』


 人々がざわつく。


「厳しくねぇか?」

「でも最近異常だったしな……」


 熱狂は、まだ消えていない。


 だが少しだけ、空気が冷え始めている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、その光景を静かに見ていた。


 都市規制なんて窮屈なものに見えていた。



 今は、都市を壊さないためには、時に“止める勇気”も必要なのだと、少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、そのうち本当に中央銀行とか作りそうよね」


 隣のエルザが遠い目をする。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……信用暴走したら、多分必要ですね」


 エルザが額を押さえた。


「もう本当に国家なのよ……」


 夜の橋前市場では、“熱狂を抑えるための規制文”だけが、静かに灯りへ照らされていた。

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