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反発

 土地転売規制が出されてから数日。


 橋前市場の空気は、明らかに変わっていた。


「最近やりづれぇな……」

「また管理所かよ」

「橋前、自由なくなってきてねぇか?」


 以前の熱狂は、少し冷え始めている。


 だが代わりに、別の熱が生まれ始めていた。


 不満だ。


 玲司は第二橋の欄干へ寄りかかりながら、その空気を静かに感じ取っていた。


(……まぁ、当然か)


 規制は嫌われる。


 特に、“儲けられなくなる規制”は強く反発される。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが疲れ切った顔で走ってくる。


「また揉めてる!」


「転売規制ですか?」


「今度は商人組合側だ!」


 玲司は少しだけ目を閉じた。


(来たな)


 市場が成長すれば、利益集団が生まれる。


 そして利益集団は、自分たちに不利な規制を嫌う。


 再開発や規制緩和では何度も見た構図だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 橋前管理所では、既に怒鳴り声が飛び交っていた。


「なんで売買制限されなきゃならねぇ!」

「俺たちが橋前大きくしたんだぞ!」


 商人たちの顔は険しい。


 以前までの、“夢を見る目”ではない。


 完全に、“権利を奪われる側”の顔だった。


 玲司は静かに室内を見回した。


「……言いたいことは分かります」


「だったら解除しろ!」


「無理です」


 一瞬、空気が凍った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今の橋前市場、過熱しすぎてる」


 玲司は静かに言う。


「このままだと土地価格だけ上がって、街そのものが死ぬ」


「それはお前の予想だろ!」


「はい」


 玲司は即答した。


 商人たちが少し怯む。


「でも前世……じゃない」


 玲司は一瞬言葉を止める。


「……似た構造は、何度も崩壊してます」


 バブル都市は何度も壊れた。


 期待だけで膨らんだ街は、実需を失う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、“儲かる自由”より“街を残す”を優先したのか」


 カルムが低く呟く。


「ですね」


 玲司は頷く。


 都市政策は常に衝突する。


 自由。

 利益。

 公共性。


 全部は両立しない。


「都市って、“誰かが嫌われ役”やらないと崩れるので」


 部屋が静まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも、敵作るわよ?」


 エルザが静かに聞く。


「作るでしょうね」


 玲司も否定しなかった。


 最近の橋前市場は、金が動きすぎている。


 つまり。


 既得権も生まれ始めている。


「今後もっと反発増えます」


「分かっててやるの?」


「やらないと終わるので」


 玲司は苦笑した。


 都市運営とは人気取りではない。


 長期維持だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに口を開く。


「最近、周辺領地でも話題です」


「規制ですか?」


「いえ。“橋前管理体制”です」


 ラウスは苦笑する。


「商人たちの間で、“橋前は自由市場ではなくなった”と言われ始めています」


 ボルドが顔をしかめた。


「悪評じゃねぇか」


「半分は」


 玲司は静かに答えた。


 無規制市場は短期的に強い。


 だが長期では、大体どこかで壊れる。


「だから今、“都市ルール”へ変えてます」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「管理長!」


 若い夜警が駆け込んでくる。


「南区画で規制反対の集まりが!」


 室内の空気が変わる。


「人数は?」


「かなりです!」


 ボルドが頭を抱えた。


「本当に反発始まったな……」


 玲司は静かに立ち上がる。


(まぁ、避けられないか)


 都市とは、人が集まる場所だ。


 そして人が集まれば、利益も思想も衝突する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 南区画では、商人たちが集まり不満をぶつけ合っていた。


「最近窮屈すぎる!」

「橋前は自由だから人集まったんだろ!」


 熱気が渦巻いている。


 玲司は少し離れた位置から、その様子を静かに見ていた。


 都市政策とは“正解を選ぶ仕事”だと思っていた。


 本当は、“嫌われる選択をする仕事”なのかもしれない。


 その感覚を、玲司は少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、少しだけ顔疲れてるわよ」


 隣のエルザが小さく言う。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……まぁ、都市運営って人気商売じゃないので」


 エルザが苦笑する。


「ようやく普通の人っぽいこと言ったわね」


 夜の橋前市場では、“自由”と“管理”を巡るざわめきだけが、静かに広がり始めていた。

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