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交渉

 使者ディグス来訪以降、ハルグ村の空気は少し変わっていた。


「最近、他領の視察多くねぇか?」

「橋前市場、完全に有名になってるぞ」

「なんか偉そうな馬車増えたな……」


 橋前市場では、明らかに“見る側”の人間が増えている。


 玲司は第二橋の上から、その様子を静かに見下ろしていた。


(……完全に周辺政治へ巻き込まれ始めたな)


 都市は一定規模を超えると、“経済問題”では済まなくなる。


 政治になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが疲れ切った顔でやって来る。


「また使者来た!」


「今度はどこです?」


「東側領地!」


 玲司は少しだけ目を閉じた。


(連鎖始まったな)


 橋前市場は今、周辺経済構造そのものを変え始めている。


 つまり。


 全領地が無視できなくなる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 領主屋敷には、既に数人の使者が集まっていた。


 東領。

 南宿場。

 街道管理商会。


 以前なら、絶対に小村へ来ない顔ぶれだ。


「……壮観ですね」


 玲司が小さく呟く。


「お前のせいだぞ」


 ボルドが真顔で返した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「まず確認したい」


 東領使者が低く口を開く。


「ハルグ村は、今後も市場拡張を続けるのか?」


 部屋の空気が少し張る。


 玲司は静かに答えた。


「需要がある限りは」


 使者たちの顔が少し険しくなる。


「つまり周辺商圏をさらに吸うと?」


「結果的には」


 都市成長とは、基本的に“集中”だ。


 人。

 金。

 物流。


 便利な場所へ集まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……それでは周辺宿場町が死ぬ」


 南宿場の代表が低く言う。


 玲司は少しだけ黙った。


 実際、その通りだ。


 今の橋前市場は、既存宿場機能を侵食し始めている。


「だから連携案を出します」


 一瞬、空気が止まった。


「連携?」


 玲司は木板へ簡単な図を書く。


『物流中継』

『役割分担』

『特産品流通』


「全部奪う必要はない」


 本来、都市圏は分業する。


 物流都市。

 工業都市。

 観光都市。


 役割分担した方が、全体効率が上がる。


「今のハルグ村、“集積点”には向いてる」

「でも全部を抱える必要はない」


 使者たちが少し静まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……つまり、共存案か」


 ラウスが静かに呟く。


「近いですね」


 玲司は頷く。


「今後、物流量さらに増える」

「だから単独処理だと限界来ます」


 巨大都市ほど周辺都市圏と連携する。


 単独都市は脆い。


「だから街道全体で分業したい」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当に先を見てるな」


 カルムが呆れたように言う。


「最近ようやく分かった」


 カルムは使者たちを見る。


「お前、“村”の話してねぇんだな」


 玲司は少しだけ空を見る。


 前世では、都市は単体で存在していなかった。


 鉄道。

 物流。

 高速道路。


 全部、“都市圏”として繋がっている。


「都市って、周囲ごと変えるので」


 玲司が静かに言う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……ですが危険でもあります」


 ディグスが低く口を開く。


「ハルグ村が強くなりすぎれば、警戒される」


「でしょうね」


 玲司も否定しなかった。


 急成長都市は反発を受ける。


 既得権。

 旧商圏。

 政治圧力。


 都市とは、敵も作る。


「だから今後、外交窓口作ります」


 ボルドが頭を抱えた。


「また新しい機能増えた……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 会議終了後。


 使者たちは、それぞれ複雑な顔で帰っていった。


 敵意だけではない。


 警戒。

 驚き。

 そして期待。


 橋前市場は、既に“周辺経済の中心候補”として見られ始めている。


 玲司は第二橋の中央へ立ちながら、静かに街を見下ろしていた。


 都市外交なんてニュースの中の話だった。


 だが今は違う。


 自分が作っている街が、周囲世界の力関係を変え始めている。


 その感覚を、玲司は少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、完全に楽しんでるわよね」


 隣のエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……都市圏形成って面白いので」


 エルザが深くため息を吐いた。


「もう本当に止まらないわね……」


 夜の橋前市場では、異なる領地の商旗だけが静かに揺れていた。

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