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信用

 最近の橋前市場では、妙な揉め事が増えていた。


「代金まだ払われてねぇ!」

「先に商品渡しただろ!」

「銀貨足りないぞ!」


 市場中央で、商人同士が怒鳴り合っている。


 玲司は第二橋の上から、その様子を静かに見下ろしていた。


(……物流量、完全に村の処理能力超え始めたな)


 人が増えた。

 商人が増えた。

 取引量も増えた。


 すると次に問題になるのは、“決済”だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが疲れた顔でやって来る。


「最近、商人同士の揉め事増えすぎだ!」


「未払いですか?」


「なんで分かる!?」


 玲司は少し苦笑した。


 予想通りだった。


「今、取引量増えすぎて現金足りてないはずなので」


「……実際そうだ」


 ボルドが頭を掻く。


「最近、“後払い”増えてる」


 玲司は小さく息を吐いた。


(信用取引フェーズ入ったか)


 前世でもそうだった。


 都市経済が大きくなると、現物貨幣だけでは回らなくなる。


 だから“信用”が生まれる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「つまり、“ツケ”ってこと?」


 エルザが首を傾げる。


「かなり近いです」


 玲司は頷く。


「今の市場、“後で払う”前提の取引増えてる」


「でも危なくない?」


「危ないです」


 玲司は即答した。


 信用経済は便利だ。


 だが崩れる時は一気に崩れる。


 前世でも、

 不渡り。

 連鎖倒産。

 資金ショート。


 大体、信用崩壊から始まる。


「だから記録必要ですね」


「また始まったわね」


 エルザが呆れた顔をする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 橋前管理所では、新しい帳簿作業が始まっていた。


「取引記録?」

「貸付記録?」


 商人たちが困惑した顔をしている。


 玲司は木板へ簡単な図を書く。


『商人名』

『商品』

『支払予定日』


「信用記録作ります」


「そこまで必要か?」


 商人の一人が不満そうに言う。


「最近、誰が払うか分からなくなってるだろ」


 玲司が静かに返す。


 空気が少し止まる。


 実際、最近の橋前市場は取引量が急増しすぎていた。


 以前のような“顔見知りだけの商売”ではなくなっている。


「都市って、“知らない相手”と取引する場所なので」


 前世でも、大都市ほど信用制度が重要だった。


 契約。

 証書。

 帳簿。


 全部、“信用を見える化する”仕組みだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……最近のお前、とうとう金融まで始めたな」


 カルムが呆れたように言う。


「物流増えると必要なので」


 玲司は静かに答えた。


 物流と金融は繋がっている。


 前世でも、港湾都市ほど金融が発展する。


 大量取引になるほど、“今すぐ払えない”状況が増えるからだ。


「今のハルグ村、“現金だけ”じゃ回らなくなり始めてる」


 カルムが少し苦笑した。


「本当に村じゃなくなったな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに口を開く。


「最近、周辺領地でかなり警戒されています」


「今回は何です?」


「“ハルグ村が商業信用制度を始めた”と」


 ボルドが吹き出した。


「なんでそんな情報回るんだよ!」


「商人経由ですね」


 ラウスは苦笑する。


「最近、フェルム領の商人も橋前市場を使い始めていますから」


 玲司は少しだけ空を見る。


 前世では、信用経済なんて当たり前だった。


 だが今は違う。


 街が大きくなったからこそ、必要になり始めている。


「……まぁ、物流増えると避けられないので」


 玲司が小さく呟く。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 橋前管理所では、新しい帳簿棚が設置され始めていた。


「これ誰の記録だ?」

「宿屋の支払い一覧だ!」


 少し前まで、この村では“帳簿”なんて簡単なものしか存在しなかった。


 だが今は違う。


 人が増え、商売が増え、信用そのものが街を動かし始めている。


 玲司は第二橋の中央から、その光景を静かに見ていた。


 前世では、金融とは数字だった。


 だが今は違う。


 信用とは、街を回す“見えない道路”なのだと、少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、そのうち銀行まで作りそうよね」


 隣のエルザが遠い目をする。


 玲司は少し考えた後、小さく笑った。


「……まぁ、都市化すると大体必要になりますね」


 エルザが額を押さえた。


「本当に止まらないわね……」


 夜の橋前市場では、灯りの下で商人たちの帳簿だけが静かに増え続けていた。

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