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防火帯

 火災翌朝の旧市場通りは、重い空気に包まれていた。


 焼け落ちた建物。

 黒く焦げた木材。

 煤の匂い。


 昨日まで賑わっていた通りの一角が、まるで別の場所のようだった。


 玲司は焼け跡の中央へ立ちながら、静かに周囲を見ていた。


(……想像以上に広がるな)


 今回は止められた。


 だが本当に運が良かっただけだ。


 風向きが少し違えば、旧市場通り全体まで燃えていた可能性もある。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 ボルドが疲れた顔で近づいてくる。


「被害、思ったよりデカいぞ」


「死人なしなら軽傷です」


 ボルドが少し黙る。


「……最近のお前、“基準”おかしくなってねぇ?」


 玲司は小さく苦笑した。


 前世では、都市災害はもっと大規模だった。


 数百棟焼失。

 避難不能。

 インフラ停止。


 だから今回の火災は、都市規模で見ればかなり小さい。


 ただし。


「放置すると次は終わります」


 玲司は焼け跡を見る。


 今のハルグ村は、

 人口密度が上がり、

 木造建築が増え、

 市場機能が集中している。


 つまり火災リスクが急上昇している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「だから、防火帯作ります」


「……ボウカタイ?」


 ボルドが嫌そうな顔をした。


「燃え広がらない空間です」


 玲司は通り中央を指差す。


「建物間隔を広げる」

「空き地を作る」

「物流導線を兼ねる」


「いや待て」

「せっかく人増えてんのに、建物減らすのか?」


「減らさないと燃えます」


 玲司は真顔で答える。


 都市は、“詰め込むほど効率が良い”。


 だが詰め込みすぎると、災害で崩壊する。


 だから都市計画では、“余白”が重要になる。


「都市って、空間余らせるのも大事なんです」


 ボルドが頭を抱えた。


「最近、お前の話全部難しいんだよ……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 領主屋敷では、火災後初の緊急会議が開かれていた。


「……建物間隔を空ける?」


 グランツが眉をひそめる。


「はい」


 玲司は木板へ簡単な図を書く。


『通路拡張』

『空き地』

『防火帯』


「今の旧市場、密集しすぎてます」


「だが土地が勿体ないだろう」


 商人代表が不満そうに言う。


「店減ったら利益落ちるぞ」


「短期ならそうです」


 玲司は静かに答える。


「でも長期では、街ごと燃えます」


 部屋が静まる。


 皆、昨日の火災を思い出していた。


 火の速さ。

 風。

 熱。


 あと少しで、旧市場全域が危なかった。


「あと避難路も必要です」


「ヒナンロ?」


「逃げ道ですね」


 この世界では、“逃げる前提”の都市設計が存在しない。


「都市って、“壊れた時”まで考えないと危ないので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……お前、本当に街そのものを考えてるんだな」


 カルムが低く呟く。


 以前の彼なら、ここまで素直に認めなかっただろう。


「最近ようやく分かってきた」


 カルムは焼け跡方向を見る。


「街って、“作って終わり”じゃねぇんだな」


 玲司は静かに頷いた。


 維持。

 更新。

 災害対応。


 都市は、生き物みたいに変化し続ける。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 ラウスが静かに口を開く。


「フェルム領でも驚いています」


「火災ですか?」


「いえ、その後です」


 ラウスは木板を見る。


『防火帯』

『避難路』


「普通、小村は火事が起きたら“運が悪かった”で終わります」


「……」


「ですがあなたは、“構造問題”として処理している」


 玲司は少しだけ空を見る。


 事故には原因がある。

 災害には構造がある。


 だから設計で被害を減らす。


「最近、ハルグ村を“都市研究対象”として見る領地まで出始めてますよ」


 ボルドが吹き出した。


「研究対象!?」


「まぁ気持ちは分かります」


 玲司も少し苦笑した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 焼け跡では、既に瓦礫撤去が始まっていた。


「木材分けろ!」

「焦げた部分下げろ!」


 少し前なら、火災後の復旧なんて数日止まっていただろう。


 だが今は違う。


 橋前管理組合。

 夜警。

 行政区画。


 都市機能ができ始めたことで、“復旧”そのものが早くなっている。


 玲司はその様子を静かに見ていた。


 街とは、壊れないことではない。


 壊れても、立て直せること。


 その感覚を、玲司は少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、また何か考えてる顔してるわよ」


 隣へ来たエルザが呆れたように言う。


 玲司は少し考えた後、小さく息を吐いた。


「……次、多分石造化ですね」


 エルザが真顔になった。


「お願いだから段階踏んで」


 玲司は少しだけ笑った。


 だが頭の中では、既に“燃えにくい都市構造”の図面が描かれ始めていた。

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