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水問題

 住宅地区構想が動き始めた頃、ハルグ村では別の問題が静かに広がり始めていた。


「……最近、臭くないか?」

「橋下やばいぞ」

「水汲み場、前より濁ってる」


 そんな声が、少しずつ増えている。


 玲司は川沿いを歩きながら、小さく息を吐いた。


(来たか)


 都市化が始まると、必ず出る問題だった。


 水。

 汚物。

 排水。


 前世でも、都市史を調べれば最初に出てくる。


 人が増えると、衛生問題が爆発する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが嫌そうな顔で近づいてくる。


「最近、川下で病人出始めてる」


 玲司の表情が少し変わる。


「どんな症状です?」


「腹壊してる奴が多い」


「……水ですね」


「分かるのか?」


「多分」


 玲司は川を見る。


 最近のハルグ村は人口増加が速すぎる。


 だが水回りは、昔の村規模のままだ。


 つまり処理能力不足。


 前世でも、急成長都市では頻発していた。


「今、生活排水そのまま流してますよね」


「まぁ川だし」


「それ、人口少ない前提です」


 ボルドが少し黙る。


 今までのハルグ村は小村だった。


 だから自然分解でどうにかなっていた。


 だが今は違う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼。


 玲司は住宅予定地の井戸予定箇所を見ていた。


「ここ掘るんですか?」


 エルザが周囲を見回す。


「はい」


「でも川あるじゃない」


「飲み水は分けたいので」


 エルザが少し驚く。


「分ける?」


「生活排水と飲料水です」


 前世では当然だった。


 だがこの世界では、水は“全部同じ”感覚が強い。


「今後人口増えるなら、上下水分離しないと危ない」


「ジョウゲスイ?」


「飲み水と排水ですね」


 玲司は地面へ簡単な図を書く。


『飲料』

『生活』

『排水』


「都市って、水管理できないと大体崩壊します」


 前世でもそうだった。


 上下水道整備は、都市化の基礎だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……最近のお前、本当に話の規模おかしいな」


 ボルドが頭を抱える。


「次は水道かよ」


「かなり重要ですよ」


 玲司は真顔で答える。


「人って、水で死ぬので」


 空気が少し静まる。


 この世界では、病気は“仕方ないもの”感覚が強い。


 だが玲司からすれば違った。


 衛生問題は、“構造問題”だった。


「あと、臭い始まると定住者減ります」


「そこまで関係あるのか?」


「かなり」


 前世でも、住環境悪化は人口流出へ直結していた。


 物流だけ強くても、人は“住みたい”と思わなければ定着しない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「玲司殿」


 ラウスだった。


 最近は本当に来訪頻度が高い。


「今日は何です?」


「確認です」


 ラウスは川沿いを見る。


「……最近、ハルグ村で病人が増えていると聞きました」


「情報早いですね」


「周辺領もかなり注視してます」


 ラウスは静かに続ける。


「急成長した街は、衛生問題で崩れることが多い」


 玲司は少し目を細めた。


(ちゃんと見てるな)


 この男、かなり優秀だ。


「だから今、水回り整理しようとしてます」


「……やはりそこまで考えていましたか」


 ラウスが苦笑する。


「本当に、どこまで先を見るんです?」


 玲司は少しだけ空を見る。


 前世では、都市問題は大体繋がっていた。


 交通。

 住宅。

 衛生。

 治安。


 一つ改善すると、次の問題が出る。


 だから都市は終わらない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 玲司は川沿いへ立ちながら、流れる水を静かに見ていた。


 少し前まで、この村では“水問題”なんて存在しなかった。


 だが今は違う。


 人が増え、住み始め、生活が発生した。


 だから都市としての問題も生まれる。


「……本当に都市だな」


 思わず呟く。


 前世では、上下水道なんて“あるのが当然”だった。


 だが今は違う。


 都市とは、

 こういう“当たり前”を一つずつ作る行為なのだと、

 玲司は少しずつ理解し始めていた。


「でもあなた、少し楽しそうよ」


 隣へ来たエルザが笑う。


 玲司は少し考える。


 そして、小さく笑った。


「……まぁ、問題見つけるの嫌いじゃないので」


 夕陽の中、川面だけが静かに揺れていた。

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