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住む街

 最近のハルグ村では、朝の空気が以前と変わっていた。


 商人だけではない。


 朝、水を汲む女たち。

 子供を連れた家族。

 洗濯物を干す人影。


 “生活”の匂いが増え始めている。


 玲司は旧市場側の通りを歩きながら、その変化を静かに見ていた。


(……定住始まったな)


 前世でも、都市の空気が変わる瞬間は分かりやすかった。


 通勤者だけの街と、生活者がいる街は、空気が違う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司!」


 ボルドが通りの奥から歩いてくる。


「最近、子供増えてねぇか?」


「増えてますね」


「なんで分かる?」


「朝の音です」


 玲司は通りを見る。


 市場中心の街は、朝が遅い。

 だが住宅化が始まると、生活音が増える。


 水汲み。

 炊事。

 子供。


 つまり、“暮らし”が発生する。


「最近、宿だった場所を家に変える奴も増えてる」


「でしょうね」


 物流だけの街では、人は定着しない。


 だが仕事があり、食事があり、安全があると、人は住み始める。


 それが都市化の本質だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……でも問題ありますね」


 玲司は通りを見ながら呟く。


「またかよ」


 ボルドが嫌そうな顔をする。


「今度は何だ?」


「住宅と市場が混ざり始めてる」


「……あぁ」


 実際、最近は旧市場通りでも揉め事が増えていた。


「夜うるさい!」

「荷車邪魔!」

「酒臭い!」


 元々、旧市場は商業区域だった。


 そこへ居住者が増え始めたことで、“生活”と“商業”の衝突が起き始めている。


 前世でも何度も見た。


 繁華街と住宅地問題。

 騒音問題。

 深夜営業問題。


「だから住宅地区分けたいですね」


「ジュウタクチク?」


「住む場所をまとめる」


 ボルドが頭を抱えた。


「最近のお前、本当に街を丸ごと設計し始めてるな……」


「多分、もうその段階です」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昼頃。


 玲司は村外れの空き地へ立っていた。


 橋前市場から少し離れた場所だ。


「ここですか?」


 エルザが周囲を見回す。


「はい」


「何もないわよ?」


「だからいいんです」


 玲司は周辺を見る。


 川から少し距離がある。

 市場騒音も弱い。

 日当たりも悪くない。


「住宅って、“静かさ”重要なので」


「静かさ?」


「生活する場所なので」


 前世でも、住宅地は商業地と分離されることが多かった。


 人は、働く場所と休む場所を分けたがる。


「ここを住宅地区にしたい」


 エルザが少し驚く。


「本当に“街”として考えてるのね」


「市場だけだと限界来るので」


 物流だけの場所は弱い。


 定住人口が増えて初めて、都市は安定する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司殿」


 振り返ると、ラウスだった。


 最近では、もはや定期的に来ている。


「今日は何の視察です?」


「半分視察、半分確認です」


 ラウスは周囲を見る。


「“ハルグ村へ移住する者が出始めた”と」

「商人だけではありません」

「職人もです」


 玲司は静かに頷いた。


 物流が強い街へ、人材は集まる。


 前世でもそうだった。


 仕事がある場所へ、人は住む。


「正直、かなり危険視されています」


 ラウスが苦笑する。


「最近、周辺宿場町の税収落ち始めてるので」


「でしょうね」


 玲司も否定しなかった。


 都市は、人と金を吸う。


 だから周囲との摩擦は避けられない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方。


 玲司は住宅予定地の高台から、ハルグ村を見下ろしていた。


 橋前市場。

 第二橋。

 旧市場通り。


 そして、その間を流れる人の波。


 少し前まで、“通過されるだけ”だった村だ。


 だが今は違う。


 人が止まり、働き、住み始めている。


「……本当に都市化してるな」


 思わず呟く。


 前世では、“住みたい街ランキング”の資料を何度も見た。


 だが今、少しだけ分かる。


 街とは、建物ではない。


 人が、

 暮らしたいと思うかどうかだ。


「でもまだ足りない顔してるわよ」


 隣のエルザが笑う。


 玲司は少し考えた後、小さく息を吐いた。


「……次、多分上下水ですね」


 エルザが真顔になった。


「今、なんて?」


 玲司は少しだけ空を見上げた。


 都市は、まだまだ始まったばかりだった。

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