現場事故
第二橋工事が始まって三日目。
川下周辺は、完全に工事現場と化していた。
「丸太もっと寄せろ!」
「縄緩んでるぞ!」
「杭押さえろ!」
怒鳴り声が飛び交う。
橋前市場の若者たちに加え、最近では商人側まで工事へ参加し始めていた。
理由は単純だ。
第二橋が完成すれば、人流が増える。
つまり、自分たちも儲かる。
その感覚が、既に共有され始めている。
「……なんか本当に都市工事っぽくなってきましたね」
玲司は川岸を見ながら呟く。
「トシコウジ?」
ボルドが木材を担ぎながら聞き返す。
「大規模工事です」
「最近、お前の言葉だいぶ諦めて聞くようになったわ」
玲司は少し苦笑した。
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「玲司!」
突然、怒鳴り声が響いた。
次の瞬間。
ドボンッ!!
大きな水音。
「うおっ!?」
「落ちた!!」
工事用の足場が崩れ、若者の一人が川へ落下していた。
周囲が一気に騒然となる。
「縄! 縄持ってこい!」
「流されるぞ!」
玲司は即座に川岸へ走った。
「下流側押さえて!」
「飛び込むな! 二次事故になる!」
前世でも工事現場事故の資料は何度も見てきた。
慌てて動くと被害が増える。
「右だ! そっちへ流れてる!」
若者は必死に岸へしがみつき、周囲の人間が縄を投げる。
数分後。
どうにか引き上げられた時には、周囲全員が息を切らしていた。
「げほっ……!」
「だ、大丈夫か!?」
幸い、大きな怪我はない。
だが空気は完全に変わっていた。
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「……甘く見てましたね」
玲司は崩れた足場を見ながら静かに呟く。
ボルドも珍しく真面目な顔をしている。
「橋作るって、こんな危ねぇのかよ……」
「本来、専門職がやる仕事なので」
前世でも土木工事は事故リスクが極めて高かった。
だからこそ、安全管理が徹底される。
だが今のハルグ村には、そんな概念自体が薄い。
「今日から工事手順変えます」
「変える?」
「一人作業禁止」
「固定確認」
「監視役配置」
ボルドが少し驚く。
「そこまでやるのか?」
「事故一回で全部止まるので」
都市は、“止まらないこと”が重要だ。
物流も、工事も、市場も。
前世で玲司が嫌というほど見てきた感覚だった。
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その日の夕方、川岸には新しい板が立てられていた。
『工事区域注意』
『単独作業禁止』
『夜間工事禁止』
村人たちが不思議そうにそれを見る。
「夜はやらねぇのか?」
「急いでんじゃないの?」
玲司は静かに答える。
「暗いと事故率上がるので」
前世では当たり前だった。
だがこの世界では、“気をつけろ”くらいしか安全概念がない。
「あと疲労状態も危ないです」
「ヒロウ?」
「疲れすぎですね」
ボルドが苦笑する。
「最近のお前、その辺だけ妙に重いよな」
玲司は少しだけ黙った。
前世で、何度も見た。
無理な工程。
長時間労働。
現場崩壊。
そして最後は誰かが倒れる。
(……同じは嫌だな)
それだけは、はっきり思っていた。
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「玲司」
エルザが川岸へ来る。
「さっきの事故、父も聞いたわ」
「まぁ隠せる規模じゃないので」
「でも死者出なくて良かった」
玲司は静かに頷いた。
本当にそうだった。
もし死人が出れば、空気は一気に変わる。
橋建設反対派も増える。
工事も止まりかねない。
「……最近、あなた時々変な顔するわよね」
「変な顔?」
「昔の嫌な記憶思い出してる時みたいな」
玲司は少しだけ視線を逸らした。
前世の記憶は、今でも時々妙に鮮明に蘇る。
終電。
怒号。
倒れる現場責任者。
だから今の工事を見ていると、どうしても思い出してしまう。
「……まぁ、似たようなの見たことあるので」
「やっぱり前の世界の話?」
玲司は少しだけ笑って誤魔化した。
説明したところで、多分理解はされない。
ただ一つ言えるのは。
前世で見てきた失敗を、今度は繰り返したくない。
それだけだった。
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夜。
工事の止まった川岸には、静かな水音だけが響いていた。
未完成の橋脚が月明かりへ浮かぶ。
まだ粗い。
まだ危うい。
だがそれでも、少しずつ街の形は変わり始めている。
玲司は川を見ながら、小さく息を吐いた。
「……都市って、本当に面倒だな」
すると隣でボルドが笑う。
「でも楽しそうじゃねぇか」
玲司は少しだけ黙った。
そして小さく笑う。
「……まぁ、前よりは」
少なくとも今は、自分のやったことが、本当に街を動かしている実感があった。




