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教える側

 橋前市場の朝は、以前よりさらに慌ただしくなっていた。


「宿泊名簿確認終わりました!」

「橋前北側、荷車溢れてます!」

「夜警交代、一人来てません!」


 怒鳴り声が飛び交う。


 だが以前と違うのは、その多くが玲司へ直接来なくなったことだった。


「そっちは管理組合通せ!」

「徴収担当に聞け!」


 最近では、若者たちが自然に役割分担を始めている。


 玲司は橋の上からその様子を見ながら、小さく息を吐いた。


(少し回り始めたな)


 とはいえ、まだ危うい。


 今の橋前市場は、“玲司がいる前提”で回っている。


 つまり、玲司が倒れれば崩壊する。


 それは都市としてかなり危険な状態だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「玲司」


 エルザが橋へ上がってくる。


「最近、顔色悪いわよ」


「多分寝不足ですね」


「絶対それだけじゃないでしょ」


 玲司は少し苦笑した。


 実際かなり忙しい。


 橋前市場。

 旧市場。

 宿泊区画。

 夜警。

 徴収管理。


 全部へ判断を求められる。


 前世でも似た状態はあった。


 現場判断役へ仕事が集中し、最終的に潰れる。


(……前と同じは嫌だな)


 玲司は橋前を見る。


 せっかく街が動き始めている。


 ここで自分一人へ依存する形にはしたくなかった。


「だから人育てます」


「……急ね」


「急がないと危ないので」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の昼、橋前市場の空き倉庫では妙な光景が広がっていた。


「えっと……使用料記録は毎日分ける」

「銅貨は混ぜない」

「あと宿泊名簿は日付順」


 玲司が木板へ書きながら説明している。


 目の前には、若者たちが座っていた。


「……なんだこれ」


 ボルドが呆れた顔をする。


「教育です」


「急に学校みてぇなこと始めやがった……」


 玲司は木板へ簡単な図を書く。


『徴収』

『宿泊』

『荷車』

『夜警』


「今の橋前、市場じゃなくて小さい都市運営に近いんです」


「トシ?」


「街ですね」


 若者たちは真剣に木板を見ている。


 前までは、ただ働いていただけだった。だが今は違う。


 自分たちが“街を回している”感覚が生まれ始めている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「重要なのは、“誰でも回せる形”にすることです」


 玲司が言う。


「俺しか分からない状態だと終わる」


「なんでだ?」


 若者の一人が聞く。


「人は倒れるからです」


 一瞬、空気が静まった。


 玲司自身、前世でそれを嫌というほど見てきた。


 属人化。

 過労。

 現場崩壊。


 だから必要なのは、“仕組み”だった。


「なので記録を残す」

「役割を分ける」

「誰でも引き継げる形にする」


 ボルドが腕を組む。


「……お前、昔どんな場所いたんだよ」


「かなり面倒な場所です」


 それだけは本当だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 講習が終わった後、エルザが倉庫へ入ってきた。


「面白いことしてるのね」


「組織化ですよ」


「ソシキカ……」


 エルザは木板を見る。


『役割分担』

『記録』

『責任者』


 この世界では、かなり珍しい概念だった。


「普通、村って経験で回すものよ?」


「経験だけだと拡張できません」


 玲司は即答する。


「今後もっと人が増えるなら、仕組みが必要です」


 前世でもそうだった。


 小規模なら気合いで回る。

 だが規模化すると、必ず管理構造が必要になる。


「あなた、本当に不思議ね」


 エルザがじっと玲司を見る。


「街の作り方だけじゃない」

「人の動かし方まで知ってる」


 玲司は少しだけ視線を逸らした。


 最近、エルザの観察が鋭い。


「……まぁ、前の世界で色々見てたので」


 言った瞬間、玲司はしまったと思った。


 エルザが目を細める。


「前の世界?」


「……言い間違いです」


「最近それ多くない?」


 玲司は小さく咳払いした。


「気にしないでください」


 エルザはしばらく玲司を見ていたが、やがて小さく笑った。


「まぁいいわ。でもいつか聞かせてもらうから」


 玲司は曖昧に笑って誤魔化した。


 正直、自分でもどう説明すればいいのか分からない。


 ただ一つ分かるのは、前世で見てきた都市の知識が、今この村を変え始めているということだけだった。

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