旧市場
橋前市場が発展する一方で、旧市場側の空気は日に日に重くなっていた。
「最近、客減ったな……」
「橋前ばっかり人行きやがる」
「こっちまで来ねぇ」
昼間だというのに、人通りは少ない。以前は村の中心だった広場も、今ではどこか取り残されたような雰囲気になっていた。
玲司は旧市場の入口に立ちながら、その様子を静かに見ていた。
(偏り始めてるな)
予想通りだった。
人流は強い場所へ集中する。一度流れができると、弱い場所からは急速に人が消える。
前世でも何度も見た。
大型商業施設ができた瞬間、旧商店街が一気に空洞化する光景を。
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「……酷ぇ顔してるな」
隣に立ったボルドが呟く。
「まぁ、予想通りです」
「いや、お前の顔だよ」
玲司は少し苦笑した。
「問題が見えてきたので」
橋前市場は成功している。だが、それだけでは街にならない。今のままでは“橋前だけ”が発展し、他が死ぬ。
それでは結局、村全体は長続きしない。
「ボルド、この道どう思います?」
玲司は旧市場へ続く石畳を指差した。
「どうって……普通の道じゃねぇか?」
「細いです」
「ん?」
「あと暗い」
周囲の建物が密集しすぎているせいで、昼でも圧迫感がある。しかも露店が道へはみ出し、人の流れをさらに悪くしていた。
「人って、狭くて暗い場所避けるんですよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
前世でも同じだった。人流分析をすると、開放感のある導線へ人が偏る傾向はかなり強い。
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「玲司様」
声をかけてきたのは、旧市場の雑貨屋店主だった。以前、橋前へ木箱を貸してくれた男だ。
「最近、橋前ばっかりですな」
「そうですね」
「橋前が発展するのは嬉しいんですが……」
男は少し言いづらそうに周囲を見る。
「こっちは客が半分以下です」
玲司は静かに頷く。
「すいません」
「いや、謝ってほしいわけじゃねぇんです。ただ……このままだと、店閉める奴も出ます」
その言葉に、周囲の空気が少し重くなる。
ボルドも黙った。
橋前の成功が、別の場所を壊し始めている。それが今のハルグ村だった。
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玲司は旧市場全体を見渡した。
広場。
石畳。
建物配置。
導線。
そして少し考え込み、やがて口を開く。
「……繋げるか」
「何を?」
ボルドが聞く。
「橋前と旧市場です」
「そんなことできるのか?」
「やるしかない」
玲司は橋前方向を見る。
「今、人は橋前で止まってる。でもその先へ行く理由がない」
「まぁ、そうだな」
「だから導線を作る」
玲司は地面へ簡単な線を書く。
「橋前から旧市場へ、人を自然に流す」
「どうやって?」
「歩きたくなる理由を作る」
前世の商業施設でも同じだった。人流は“目的”で動く。目的がなければ、人は数十メートルすら歩かない。
「途中に屋台を置く」
「休憩所を置く」
「視界を抜く」
玲司は旧市場方向を見る。
「あと、この道を広げたいですね」
ボルドが顔を引きつらせた。
「また工事かよ……」
「都市は大体工事してます」
「嫌な知識だな」
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その時だった。
「……面白い」
後ろからエルザの声がした。
「今度は橋前を広げるんじゃなくて、旧市場を生かす方向なのね」
「一極集中は危ないので」
玲司は即答する。
「橋前だけ強くなると、逆に村が壊れます」
エルザは少し感心したように玲司を見る。
「普通、成功した場所をもっと強くしようとするのに」
「短期ならそれでいいです」
「長期は?」
「街が歪む」
玲司は静かに旧市場を見る。
前世でも、中心部だけを強化した都市が周辺ごと崩れていくのを何度も見た。
必要なのは、“流れを循環させること”だった。
「だから次は、橋前から旧市場へ人を流す」
エルザは少し笑った。
「本当に街そのものを作ってるのね」
玲司は少しだけ考える。
前世では、都市計画はもっと巨大だった。何十億、何百億も動く世界だった。
だが本質は変わらない。
人をどう流すか。
どこへ滞在させるか。
都市とは、結局その積み重ねだった。




