回遊
翌朝、玲司は旧市場へ続く通りを歩いていた。
橋前市場の熱気とは対照的に、この辺りはまだ静かだった。店は開いている。だが客が少ない。商人たちもどこか元気がない。
「……やっぱり流れてねぇな」
ボルドが周囲を見回しながら言う。
「橋前で止まって終わってる」
「はい」
玲司は石畳を見た。
道幅が狭い。
視界が悪い。
歩きづらい。
そして何より、“先へ行きたくなる理由”がない。
人流は、水と同じだ。
流れやすい方向へ流れる。
だから都市では、“どう歩かせるか”が重要になる。
「まず、この道を明るくしたいですね」
「明るく?」
「圧迫感が強い」
玲司は両側の建物を見る。露店の屋根や荷物が道へせり出し、空がかなり狭く見えていた。
「視界が詰まると、人は入りたがりません」
「そんな細かいもんか?」
「かなり変わります」
前世でも同じだった。人流分析では、開放感の有無が滞在率へかなり影響する。
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「玲司様」
旧市場の雑貨屋店主が近づいてくる。
「昨日の話、本当にやるんですか?」
「やります」
「でも橋前から、わざわざこっち来ますかね……」
玲司は少し考え、旧市場入口を指差した。
「人は“理由”があれば歩きます」
「理由?」
「例えば匂い」
店主が首を傾げる。
「橋前はパンと肉の匂いが強い。でも途中で切れる」
「……あぁ」
「だから途中に軽食屋台を置く」
玲司は地面へ線を描く。
「橋前」
「途中休憩」
「旧市場」
「こうやって流れを繋ぐ」
前世の商業施設でも、“回遊性”は重要だった。入口だけ強くても意味がない。人をどう回すかで、施設全体の売上が変わる。
「あと、この通りは曲がり角が多い」
「それが何か?」
「先が見えない」
玲司は角を指差した。
「だから不安になる」
人は、先が見えない場所を避ける傾向がある。特に初見の場所では顕著だった。
「なので目印を置きたい」
「目印?」
「旗とか看板ですね」
ボルドが呆れた顔をする。
「また細けぇな……」
「都市って大体細かいですよ」
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昼頃になると、橋前市場では新しい動きが始まっていた。
「旧市場通り名物、果実串だよ!」
「先に行くと広場あるぞ!」
玲司が配置した屋台が、橋前から旧市場への通り沿いへ並び始めていた。
最初は半信半疑だった商人たちも、「橋前だけでは場所代が高い」と理解し始めている。
「……少し流れてるな」
ボルドが驚いたように呟く。
実際、橋前で止まった客の一部が、そのまま旧市場方向へ歩き始めていた。
「人って不思議ですね」
玲司が言う。
「目的地があると歩く。でも何もないと数十歩すら歩かない」
「前から思ってたけど、お前、人間を虫みたいに見てるよな」
「否定はしません」
前世でも、人流データを分析する時は似た感覚だった。
どこで止まり、どこで曲がり、どこで離脱するか。
都市とは、人間行動の巨大な集合体だ。
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その時だった。
「……本当に人が流れてる」
エルザだった。
旧市場入口に立ち、少し驚いたように周囲を見ている。
「まだ少しですけどね」
「でも昨日まで、誰も歩いてなかった」
玲司は静かに頷く。
「重要なのは“繋ぐ”ことです」
「繋ぐ?」
「橋前だけ発展しても駄目なんですよ」
玲司は旧市場を見る。
「都市って、点じゃなくて線なので」
エルザは少し黙った後、小さく笑った。
「あなた、本当に変なところ見てるわね」
「前職の癖です」
「街を見る仕事、だっけ?」
「そんな感じです」
玲司は少しだけ空を見上げた。
前世では、巨大な再開発計画ばかりだった。何百億も動く都市計画。だが結局やっていることは同じだ。
人をどう流すか。
どこへ滞在させるか。
その積み重ねで、街は形を変える。
そして今、ハルグ村も少しずつ変わり始めていた。




