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19/91

税収

 領主屋敷の空気は、以前とは明らかに違っていた。


「……増えている」


 グランツは机の上の羊皮紙を見つめながら、低く呟いた。


 その周囲には、村役人たちが集まっている。全員、どこか信じられないものを見る顔だった。


「橋前市場関連の徴収分だけで、先月比の二割増です」


 役人の一人が震える声で報告する。


「宿泊税も伸びています。特にここ数日は急激に」


「空き店舗の利用申請も増加中です」


 次々に報告が飛ぶ。


 グランツはゆっくり椅子へ身体を預けた。


「たった十日足らずで、ここまで変わるものか……」


 エルザは窓の外を見る。屋敷の高台からでも、橋前周辺の賑わいははっきり見えた。


「変えたのよ、あの人が」


 グランツは苦笑する。


「流民一人にな」


「まだ信じられない?」


「いや、もう逆だ」


 グランツは静かに羊皮紙を置いた。


「信じざるを得ん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方その頃、玲司は橋前市場を歩いていた。


「荷車は中央! 露店は下がってください!」


 最近では、村人の方から自然に誘導を始めている。橋前のルールが、少しずつ定着し始めていた。


「玲司」


 ボルドが近づいてくる。


「最近、妙な連中が増えてる」


「妙?」


「土地見に来る商人だよ」


 玲司は少し目を細めた。


 やはり来たか、と思う。


 人が集まり始めた場所には、必ず土地目当ての人間が現れる。前世でも同じだった。


「橋前近くの空き家、値段かなり上がってるらしいぞ」


「でしょうね」


「……お前、驚かねぇな」


「予想通りなので」


 橋前を見る。


 今、一番価値があるのは商品ではない。


 “場所”だった。


 どこに店を出すか。

 どこに倉庫を持つか。

 どこに泊まるか。


 それだけで売上が変わる。


 つまり、立地そのものが金になる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「でもよ」


 ボルドが少し困った顔をする。


「最近、村の連中も揉め始めてる」


「……何でです?」


「橋前近くの土地持ってる奴と、持ってない奴で」


 玲司は小さく息を吐いた。


(やっぱり出るか)


 都市化が始まると、必ず格差が生まれる。


 前世でもそうだった。


 再開発地域では、土地を持つ人間が急激に豊かになる。一方で、何も持たない人間は取り残される。


「今はまだ小さいです」


 玲司は橋前を見る。


「でも放置すると危ない」


「危ないって?」


「村が分裂します」


 ボルドが黙る。


 橋前市場は成功している。だが成功したからこそ、“利権”が生まれ始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その時だった。


「やはりここにいたか」


 カルムだった。


 以前より顔色が悪い。だが今日は、妙に落ち着いている。


「何か?」


 玲司が聞くと、カルムは橋前を見回した。


「……認めよう」


「?」


「お前のやっていることは成果を出している」


 ボルドが露骨に驚く。


 玲司も少し意外だった。


「ですが」


 カルムの声が低くなる。


「橋前に人が集まりすぎている」


「そうですね」


「今の市場側の店主たちから不満が出始めている」


 玲司は静かに頷く。


 当然だった。


 橋前へ人流が集中すれば、旧市場側は衰退する。


 都市は、発展と同時に“偏り”も生む。


「だから言ったのだ」


 カルムが言う。


「一部だけを発展させれば歪む、と」


 玲司は少し考える。


 カルムの言っていること自体は間違っていない。


 問題は、今まで何も変えなかったことだ。


「なら広げるしかないですね」


「……は?」


「橋前だけじゃ足りない」


 玲司は市場全体を見る。


「人の流れを、村全体へ伸ばす」


 カルムが眉をひそめる。


「そんなことができるのか?」


「やらないと詰みます」


 玲司は静かに言った。


「橋前だけが強くなると、逆に村が壊れる」


 前世でもそうだった。


 一極集中は、短期的には強い。だが長期的には都市構造を歪ませる。


 必要なのは、“流れを分散させること”だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕方、玲司は橋の上に立っていた。


 市場には今日も人が溢れている。笑い声も、荷車の音も、数週間前とは比べ物にならない。


 だが玲司の視線は、その先へ向いていた。


 橋前は成功した。


 だから次が必要になる。


「……街って、止まれないな」


 思わず呟く。


 発展すると、新しい問題が生まれる。問題を解決すると、さらに別の問題が出る。


 都市とは、その繰り返しだった。


 すると隣へエルザが並ぶ。


「でも楽しそうよ」


 玲司は少しだけ笑った。


「まぁ、前よりは」


 前世では、街を変える前に企画が止まった。


 だが今は違う。


 問題は山ほどある。けれど少なくとも、この街は本当に動いていた。

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