キャロライン・バーリィの憂鬱
キャロライン・バーリィはイライラしていた。婚約者のビクターが一向に出世しないのだ。
最初の魔獣討伐では成果をあげて昇級したのだが、東部に緊急で召集されて以来ピタリと出世が止まってしまった。あの泣き虫エドガーは北部異動になって以降めきめきと頭角を現し、今では騎士団本部勤めになったというのに。
(腹立たしいわ。アイリスが勝ち誇っているに違いないと思うと)
王宮を恐ろしい魔獣が火の海にしてから二ヶ月。幸い、ビクターの家もバーリィ家も死傷者が出なかった。今は騎士団も含めいろんな組織が改変され、アンドリュー新王のもと新しく作り上げられる時期だ。今が出世のチャンスなのに、ビクターは騎士団を休んでじっと家にいるのだ。
(結婚式は前国王の喪が明けてからということで半年延期にしたんだし、それまでに騎士団に復帰して出世するか、勉強して官僚になってもらいたいんだけど。結婚する夫が何も仕事をしていないなんて恥ずかしいわ)
噂によるとアイリスはエドガーと予定通り結婚するらしい。身内だけで簡素に式を挙げるのだと。
(一生に一度の結婚式なのに、友人知人を呼ばないなんて信じられないわ。結婚式はドレスの豪華さ、トレーンの長さ、華やかな演出、指輪の大きさ、いろんなものを自慢する場じゃないの。その日だけはお姫様気分になれる夢の一日なのに)
実際、キャロラインは同い年のどの令嬢よりも豪華な式を挙げようと準備をしてきた。だから身内だけの式で済ますなんて選択肢はあり得ない。
(豪華な式を挙げずに早く結婚したいってことは、それだけエドガーを急いで自分のものにしてしまいたいってことよね)
あの泣き虫弱虫エドガー。見目は良いけれど、結婚相手にするには頼りなさ過ぎて、最初から眼中になかった。
しかし今こうして出世しているのを見ると、アイリスに見る目があったのは否定出来ない。
(ハキハキして威勢のいいことばかり言っていたビクターが、こんなに燻ってしまうとは私も思わなかったし)
絶対に出世頭だと思ったのだ。明るい太陽のような金髪もいかにも王子様的でカッコよく見えた。父に頼んで支度金も弾んでもらい、婚約にこぎつけた時は他の令嬢から羨ましがられたものだ。アイリスだけはすました顔でおめでとうとしか言わなかったけれど。
(エドガーねえ……ちょっと試してみてもいいかも)
キャロラインはかなり肉付きのいいタイプで、ボディラインには自信があった。豊満な胸に目を吸い寄せられる男たちはたくさんいて、ビクターもいつもデレデレと胸元を見ている。
一方のアイリスは華奢な身体つきで、胸などどこにあるのか探さないとわからないくらいだ。
キャロラインはいつもよりきつめのコルセットで胸を強調し、ピンクのドレスを身につけると香水をつけて出かけた。
今日は騎士団の集まりがある日。団員の親睦を兼ねて時々こういった会が開かれる。家族や恋人を連れて来る人も多く、キャロラインも何度かビクターと参加したことがあったので既に顔パスになっている。人々が笑いさざめく会場にキャロラインは一人で入って行った。
キョロキョロとエドガーを探すと、騎士団員と話しているのが見えた。長身だからすぐ見つけられる。やはりアイリスは一緒じゃないようだ。前にエドガーが、結婚してから連れてくると言っていたのを聞いたことがあったのだ。
「エドガー、こんばんは」
微笑んで話し掛けるとエドガーは気がついて会釈してくれた。
「エドガー、少しお時間よろしいかしら?」
エドガーと話していた団員を睨み付けながら言うと、団員はその場からいなくなった。
「何でしょうか、キャロライン嬢?」
「ええ、ちょっとご相談があって。あちらの静かな所でお話しできないかしら」
二人きりになれるバルコニーを指差したのだが、すげなく断られた。
「お互い婚約者もいますし、二人きりではまずいと思うので、ここで構いませんか?」
(ちっ、やっぱり堅物ね)
心の中で毒づきながらキャロラインは微笑んだ。
「ええ、よろしくてよ」
(仕方ない。ここでやるしかないわね)
エドガーは長身なので話をしようとするとどうしても相手を見下ろす形になる。それを狙って胸元を精一杯強調しながら話した。
「実はね、私の婚約者のビクターが最近騎士団勤めを休んでいるでしょう? 私の父も仕事をサボるような奴と結婚させるわけにはいかんと怒ってしまって。今、私の新しい婚約者を探しているところなんです。それで……」
キャロラインはさらに胸元をエドガーの視線に入るように押し出した。
「エドガーはとても誠実だし素敵な方だから、結婚してもいいと思って……。アイリスは以前、あんな泣き虫は頼りなくて嫌だと言っていたのよ? ひどい人よね。私はそんなこと思わないわ。だからエドガー、アイリスとの婚約を解消して私と婚約しませんか」
潤んだ上目遣いとぽってりした自慢の唇。蠱惑的だと以前舞踏会で言われたことのある自信の表情で訴えかけた。
しかしエドガーは顔にも胸元にも目もくれず、彼には珍しく冷たい口調で言い放った。
「嘘を言わないで頂きたい。アイリスはそんなことを決して言わない。私は絶対にアイリスと結婚するから、悪いが他を当たってくれ」
そして踵を返すとさっさとその場から立ち去ってしまった。周りで聞いていた人々がクスクスと笑う。いたたまれなくてキャロラインも会場を飛び出した。
その後、噂話の的になってしまった娘に父は激怒した。もう他に嫁の貰い手はない、ビクターと結婚しろ、ただし豪華な式は無しだ、と。そして王都から離れるように言われた。
アイリスとエドガーが身内で結婚式を挙げたその頃、キャロラインとビクターもひっそりと田舎へ移された。いがみ合って喧嘩ばかりしていた二人だったが、やがて田舎に馴染み、見栄を張る相手もいないので穏やかに暮らしていくようになった。
子供も生まれ、晩年は幸せに暮らしたという噂である。




