ただいまのキス
翌週、アンドリューの命によりエドガーは王都に戻って来ることになった。今日がその日だ。
「メラニー、午前中騎士団に挨拶に行った後、屋敷に来てくれるんですって!」
「良かったですねえ、アイリス様! 四ヶ月振りですね」
「本当に久しぶり。こんなに顔を見ずに過ごしたことはなかったわ」
今日はメラニーに念入りに髪を巻いてもらっている。そういえばここのところ、お洒落に気を使うことがなかったように思う。
(もちろん王宮に毎日のように上がっていたのだからキチンとした服装はしていたけれど。エドガーと会うなら、もっと可愛らしくしておきたい)
血生臭い戦いに片足突っ込んでいる身としては、エドガーと会うことは一服の清涼剤だ。嫌なことは忘れて、再会の喜びだけ感じていたい。
もっとも、今後は彼をこの戦いに引きずり込んでしまうことになるのだけれど。
(絶対に、エドガーを傷つけさせたりしないわ。より強力な加護を与えておかなくちゃ)
「アイリス様、エドガー様がいらっしゃいました。客間にお通ししております」
執事が知らせてくれた。私はウキウキと立ち上がり、客間へ急いだ。
「エドガー!」
「アイリス! 今帰ったよ」
ソファに座っていたエドガーは立ち上がり、いきなり私を抱き締めた。
(えっ⁈ ど、どうしたの、エドガー?)
思わず顔を見上げるが、エドガーには照れる様子もなく、ニコニコと私を見つめている。
「ずっと会いたかったよ。やっとこうして君を抱き締められる」
そう言ってエドガーは私に顔を近付けてきた。まるでキスをするかのように。唇が触れてしまう、その瞬間に私はエドガーの身体を押し除けた。
「エ、エドガー! 何するの?」
「何って、『ただいまのキス』をしようと思ったんだけど」
彼は平然としている。前は、うっかり抱き締めただけでごめんと謝る人だったのに。手を握るだけで顔を赤らめていたエドガーはどこへ?
「だってエドガー、結婚するまでは我慢するって……!」
「そんなこと言ってたかな? でも私はずっと、アイリスとこうしたかったんだ」
再びエドガーは近付いて来て、私の手を取る。ドクンと、恐ろしいくらい心臓が跳ねる。見上げたエドガーの顔は大人びて、青い瞳は氷のように澄んでいる。
「キスしてもいいかい?」
私は頭がグルグルしてどうしたらいいかわからなかった。あんなに待ち焦がれていたキスなのに、なぜか心が弾まない。でもきっとこれは、ディザストロとの戦いのために聖女の力を無くしてはならないという制約のせいだ。きっとそう。私は心を決めてエドガーに答える。
「ごめんなさい、エドガー。私はやっぱり、結婚までは清い関係でいたいわ」
するとエドガーは一瞬ホッとしたような顔をしたが、すぐに美しい微笑みを浮かべた。
「そう。わかったよ。君の気持ちを尊重する」
「ありがとう、エドガー。もう少しだけ、待ってね」
私の手を取ったままのエドガーに、もう片方の手を重ねて私は加護の力を与えた。ドラーゴの攻撃を少しでも防げるようにとの願いを込めて。
――ピシン――
嫌な音がした。何だろう、初めての感覚だ。エドガーは柔らかく微笑んでいる。しかしエドガーの身体には私の加護が見えない。
(もう一度)
力をさらに込めて加護を与えてみたが、同じだった。あの音は……恐らく、私の加護が跳ね返されている。
(どういうこと? どうして加護を与えられないの)
私は微笑んでいるエドガーの顔を見た。黒い髪、青い瞳のいつものエドガーだけど……何かが違うのだ。これはエドガーじゃない。
「あなたは……誰?」




