ドラーゴの急襲
一方その頃、王宮は大パニックに陥っていた。
上空にドラーゴが三体、大きな翼を広げて突然現れ、火を吹いたのだ。その火はある部屋を狙って放たれた。一階奥にある王と王妃の部屋だ。火はその部屋だけにとどまらず、光の回廊を伝って一階を焼き尽くした。
「キャスリン!」
アンドリューたちの部屋は二階にあった。焼死は免れたがこのままでは呼吸ができなくなる。
「……お兄様……」
キャスリンは部屋の隅で震えていた。顔が涙でグシャグシャだ。
「ここにいては死んでしまう。飛び降りて外に出るぞ」
アンドリューはベッドのシーツを裂き、結んで紐状に繋いでバルコニーの手すりに結び、地面に垂らした。そしてキャスリンを背負って紐で括り付け、その状態でシーツを伝って器用に降りた。
ドラーゴは空の上でグルグルと飛び回っている。早く仕留めなければ、東の駐屯地でのように爪で引き裂きにくるかもしれない。キャスリンを背中から下ろし、剣を取ったその時、キャスリンの悲鳴が聞こえた。振り向くと、キャスリンの視線は炎を吹き上げて燃えている両親の部屋に向いていた。
(今の時間、二人とも部屋にいた筈だ。つまりもう死んでいるに違いない。キャスリンはそのことを悟ったんだ)
「見るな、キャスリン」
アンドリューはキャスリンを胸に抱き締めたが彼女の悲鳴は止まらず、やがて気を失った。
(くそっ、アイリスはいない。ステラは中庭の神殿から逃げられないんじゃないか? 聖女の力無しであいつらを倒せるのか)
「大丈夫です」
腕の中のキャスリンが目を開けた。
「キャスリン? 大丈夫なのか」
「私はエレンです。私とスージィ、メルルはキャスリンの中に入って彼女の心と同化しました。傷ついたキャスリンの心は、今双子たちが慰めています。私がキャスリンの代わりに戦います」
キャスリンは立ち上がると燃える王宮に手を翳し『水』と言った。すると手のひらから水が溢れ出し、激流となって光の回廊を駆け抜けていく。見る間に王宮は鎮火されていった。
「次はドラーゴ」
キャスリンは、上空のドラーゴに向けて水を放った。水を嫌がってドラーゴたちは羽をバタつかせて暴れ、怒り狂って急降下して来た。
『凍れ』
するとドラーゴに放たれた水がどんどん凍っていき、水に濡れたドラーゴも凍って動きを止め、その形のまま地面に落ちてきた。
ズゥンと大きな音を立てて三体のドラーゴが横たわる。
「すぐに溶けてしまいます。早くとどめを」
「わかった」
アンドリューは剣を抜き、三体の眉間を次々と切り裂いていった。ドラーゴの身体はサラサラと崩れていき、氷の塊だけが地面に残っていた。
「すごいな、エレン」
「キャスリンの力が大きいから、攻撃も強力です。水の妖精にも協力してもらいました。やはり聖女と妖精が力を合わせれば勝機はあります」
「そうだな。これであと五体か……。ところでエレン、キャスリンは大丈夫なのか」
「泣いています。しばらくは出てこないほうがいい。長老と相談して、以前から考えていました。キャスリンの心を守るため、私と双子が彼女の中に入ることを」
「それはつまり……どういうことだ」
「私たちは妖精としての身体を捨てて精神体となりました。戦いが終わるまではキャスリンの心に寄り添い、守ります。凄惨な場面は見せない。戦いは私が引き受ける。そして戦いが終わった後は、消えていきます」
「エレン……」
「いいのです。総力を挙げて戦わなければならないのですから。それより、アイリスが気になります」
「アイリスがどうかしたのか?」
「ドラーゴが来てすぐに私は精神感応でアイリスに呼びかけました。しかし何者かに弾き返されたのです。今、ヒューイが見に行っています」
「くそぅっ、どうしたんだアイリス……今すぐに行きたいが、私は王宮を離れるわけにはいかない」
王宮内で生き残った者たちが徐々に集まってきている。
「アンドリュー様、キャスリン様! ご無事でいらしたのですね……!」
侍従長のローガンが煤で真っ黒になった顔で駆け寄って来て跪いた。
「ローガン、お前も無事だったのか。他にも無事な者はいるのか?」
「あの時一階にいた者は全滅ですが、二階にいた者はかろうじて生き残りました。我々に指示をお与え下さい――アンドリュー陛下」
「まさか……兄も、か」
「はい。あの時は三人でご一緒におられたようです。ご遺体の確認も致しました。陛下にも、ご確認をお願い致したく」
あまりにも突然の別れだった。あの三人のことは好きではなかったが……突然に奪われてしまうと悔いが残る。だがそんな感傷に浸っている場合ではなかった。
「よし。生き残った者を別棟の迎賓館に集めろ。それから指示を出す」
「はっ」
ローガンが走り出す。その後ろ姿を見ながら言った。
「エレン。ではこれからキャスリンとして振る舞ってくれ。それと、アイリスの情報がわかったら教えて欲しい」
「了解」




