駐屯地での戦い
森を飛び越えると駐屯地が見えた。
「いた……! ドラーゴよ!」
ドラーゴは自由に飛び回り、時折地面スレスレを飛んでは上空へ戻り、そしてまた急降下を繰り返していた。
「くそっ、あいつ爪で騎士たちをなぶっていやがる」
それは恐ろしい光景だった。騎士たちは鋭い爪で切り裂かれ、何人も血を流して倒れていた。
誰か勇敢な者がいたのだろう、ドラーゴの後ろ足には斬られた傷があった。だがそこから瘴気が撒き散らされ、騎士たちの呼吸を奪っていく。
急がなければ。私は地面を目指し高度を下げていく。アンドリューは途中で飛び降り、倒れている騎士たちを庇うように立ちはだかった。
「まずは瘴気を払うわ!」
私は瘴気の溜まっている黒い場所を目掛けて矢を放った。矢は光りながら飛んで行き、黒い澱みの中で弾け飛んだ。その中で苦しんでいた騎士たちの呼吸が戻る。
「次はドラーゴよ!」
今度はドラーゴに向けて矢を放つが、私の弓では遠くて届かない。もっと近寄らなくては。
「俺が囮になる」
アンドリューは落ちていた剣を拾い、一歩前に出るとドラーゴに向かって投げつけた。
上空でそれを躱したドラーゴは、アンドリュー目がけて一直線に下降して来た。そして彼を噛もうと口を開く。
「止まれ」
私は力を込めた矢をドラーゴに放った。この呪文は相手の動きを止めることが出来る。鋭い爪と尖った牙がアンドリューに届くギリギリの刹那、ドラーゴの胴体に矢が刺さり、動きが一瞬止まった。
その隙を逃さず、アンドリューは逆手で剣を持ち高くジャンプすると思い切りのけぞってから振り下ろし、眉間に深く突き刺した。
「グワァァァァ――――」
またしても恐ろしい声を上げてドラーゴは崩れ去った。
しかしホッとする間はない。私はすぐさま後ろの惨状を何とかすべく走り出した。
たくさんの騎士が倒れている。肩口から腹を爪で裂かれた者。頭を噛まれ絶命している者。皆呻き声を上げ苦しんでいた。
アンドリューは軽症の者の手当てをし、私は酷い怪我の者に『治療』を施していった。
たくさんの騎士の中に一人、女性がいた。白い服を着たその女性は半狂乱になってある男の名前を呼びながら治療を施しているが、いかんせんその力が弱い。
「テオドア様! テオドア様! しっかりして下さい! 目を開けて下さいませ……!」
私はすぐにその場に行き、テオドアの傷を見た。背中を大きく抉られて、重傷ではあるがまだ命はある。
(命さえあれば、大丈夫)
私は両手に力を込め、治療の光を大きく練り上げていく。その光に驚いた聖女ステラは、振り向いた。
「あなたは……」
それには答えず、私は両手に集めた白い光をテオドアの傷口に被せる。途端に流れ出る血は止まり、みるみるうちに傷が塞がっていく。そして。
「……アデリン、様……」
テオドアの目が開き、言葉が出てきた。
「テオドア様っ!!」
ステラがテオドアに泣きながら縋りつこうとしたその時、私は彼女の頬をパシンと軽く叩いた。叩かれたステラは涙に濡れた目を見開き私を見た。
「あなた、聖女でしょう! 泣く前に、早く他の人の手当てに回りなさい!」
するとステラは腕で涙をゴシゴシと拭き、「はい!」と返事をすると他の騎士のもとに向かった。
私は特に命の危険のある騎士を中心に傷を治して回った。五十人の騎士の中で、残念ながら命を落としてしまったのは三名。いずれも、即死状態だった。聖女といえど死者を甦らせることは出来ない。
ようやく手当てを終えて、ふうと一息ついているとテオドアがゆっくりと歩いて来た。大きな傷だったから、塞がったとはいえまだ動き辛いだろう。
「アデリン様……ですね。ローブと仮面で隠していても、その白い光のオーラは消すことは出来ません」
彼の瞳には敬愛の念がこもっていた。前世の私を知る唯一の人、テオドア。
「生きてらっしゃったとは……思いもよりませんでした」
「生きているのではない」
老婆の声に威厳を込めて語る。
「これから、あの恐ろしい魔獣ドラーゴが各地に出現するであろう。私、アデリンはそなたたちを助けるために一時的にこの世に戻ってきたのだ」
「なんとアデリン様、あの世から……! 本当に、ありがとうございました。殆どの部下の命が助かったのは、貴女のおかげです。ぜひ、これからも我々と共に戦っていただけませんか?」
「私は人ならぬ者。お前たちと共にいることはできない。戦いのある時にまた会うであろう」
「お待ち下さいっ、アデリン様……!」
芝居がかった自分の台詞が少し恥ずかしく、その場を去ろうとしたその時、ステラが走り出て来た。
「アデリン様! ありがとうございました……!」
私は大粒の涙を流すステラに頷き返し、聞こえぬよう小声で呪文を唱えた。
「隠れよ」
突然私の姿が消えたことに驚いた二人はキョロキョロと辺りを見回していた。だが私がいないと知ると、ステラはテオドアに寄り添った。
「ご無事で、良かったです……」
テオドアはそっと彼女の肩に手を置いた。抱き締めたくとも抱き締められない、その気持ちが痛いほど伝わってきた。




