ドラーゴとの邂逅
「アイリス、ずっと飛び続けて力が尽きたりしないのか?」
しばらく飛んだ頃、アンドリューが心配そうに聞いた。
「大丈夫大丈夫。私、力が尽きたことないのよ。前世でも、あの大きな結界を維持するのに何の苦労も無かったわ」
「そうか。さすがだな」
「アンドリューこそ、ずっと私を抱いてるけど大丈夫なの? 重くないの?」
「風の力で重さは感じない。軽いもんだ」
このほうが負担が少ない、と言われ私はアンドリューの首に手を回して密着する形になっている。
(エドガーともこんなにくっついたことないのに……)
アンドリューは真っ直ぐに顔を上げている。兜をかぶっているから目が合うことはない。そのことになぜか安心して、私は彼の首にもたれたままじっと前を見つめていた。
やがて陽が沈み始め、空が緋色に染まっていく。東部辺境の森はもうすぐ見えてくるだろう。
「アイリス。人がたくさんいる」
私たちの少し先を飛んでいるヒューイが戻ってきて教えてくれた。前方に、騎士団らしき一行が見える。
「アンドリュー、ヒューイが教えてくれたわ。どうやら騎士団に追いついたみたいよ」
「あのあたりに辺境師団の駐屯地があるはずだ。そこを目指しているんだろう」
騎士団が駐屯地に入って行ったので、私たちは少し離れた場所で降りることにした。
飛んでいる状態から地面に降りるのはなかなか難しい。勢い余って頭から突っ込むこともあるのだ。ヒューイに手伝ってもらって風を制御し、なんとか上手く着地することができた。
「ああ、良かった。怪我なく降りられたわ」
「着地はまだ不慣れなのか」
アンドリューは抱いていた私を降ろしながらそう聞いた。
「ええ。二人での着地は初めてよ」
先に聞いてなくて良かった、知ってたら生きた心地がしなかったに違いないと笑うアンドリュー。
リカルドも、討伐の前にはよく冗談を言って笑わせてくれてたのを思い出した。あれは、アデリンの緊張をほぐそうとしてくれていたんだろう。
魔法で身体が透明になっているので私たちは駐屯地内に入って行き、建物内の作戦本部を窓から覗いてみた。幹部たちの中心にテオドアとステラがいる。なんとその中にビクターもいた。そう言えば昇進したと、キャロラインが言っていたような気がする。
「いいか。視認された魔獣は緑色の鱗状の身体を持ち、蝙蝠のごとき翼を広げて飛ぶ。かなりの巨体であり、前足と後ろ足に鋭い爪。長い口を大きく開けてギャーと声を上げる。その口には大きな牙が見えたという。未だ攻撃されてはいないが、恐らく火を吹くに違いない。爪と牙にも気をつけろ」
テオドアが、辺境師団からの報告をもとに団員に説明している。
「空を飛ぶのであれば弓で狙うしかないだろう。ステラ様の加護を頂いた矢を用意し、全員で狙うぞ。地面に落ちてきたら剣で素早く眉間を切り裂け。わかったな」
「はい!」
「ステラ様、背後の結界と瘴気払いをよろしくお願いします」
「はい、テオドア様。頑張ります」
(そんな、一人で加護と結界と瘴気払いなんて。無理に決まってるじゃない、テオドア。……無理でも頼らざるを得ないのだからしょうがないけど)
私とアンドリューは本部から出て、森へ入って行った。ドラーゴが森の外に出てくる前に討ち取ろうと思ったのだ。森の奥まで来たので、もういいだろうと身を隠す魔法を解いた。
夜が来て空は紫色に変わっていき、森の中は真っ暗だ。私は『灯』と呪文を唱え、手のひらに小さな明かりをともした。
「ヒューイ、どう? 近い感じする?」
目を瞑り気配を感じようとしていたヒューイは、ある場所で止まった。
「嫌な感じ、する」
ズザザザァ――
木々が、葉っぱが擦れる音がする。
それは唐突にやって来た。一体どこに潜んでいたのか、密集した木々の間を荒々しく通り抜け、無惨に薙ぎ倒してそいつは現れた。
「ギャアァァ――――」
甲高い咆哮が森に響き渡る。赤い色の目はギョロリと大きく爛々と光って、開いた口からは鋭い牙と真っ赤な舌が覗いていた。そして大きく息を吸い込み――いきなり炎を吐いた。
「防御!」
私はドラーゴとの間に防壁を張り、炎を防いだ。進路を塞がれた炎は壁を伝い、四方へ広がる。
「とんでもない勢いの炎だな!」
アンドリューは剣を抜き、臨戦体勢に入るが炎の量が多すぎて前に出て行くことが出来ない。
「飛べ」
弓に矢をつがえ、私は防壁の上へと飛んだ。ドラーゴも上を向き、飛び立とうと翼を動かしたその時に、眉間に目掛けて光の矢を放った。
「ギャオォォォ――――」
ドラーゴは苦しむが、私の小さな矢は深く刺さってはいない。ただ、その一瞬、炎が止んだ。
「はあっ!!」
アンドリューが壁をすり抜けドラーゴに向かって飛び上がる。ドラーゴの前足を踏み台にして、顔の正面にジャンプすると剣を一閃し、矢の刺さっている眉間を切り裂いた。
「グオォォォ……」
気持ちの悪い唸り声を上げてドラーゴは俯いた。そして頭から地面に倒れ込んでいく。やがてその身体はサラサラと崩れていき、風に乗って消えていった。
「やったの……?」
「そうだな」
私は空から降りるとアンドリューの横に立った。
「大丈夫? 怪我は無い?」
「ああ。だが、あの壁が無かったら危なかったな。今頃、丸焦げになっていただろう」
「全然違うわ。普通の魔獣と。身体の大きさも炎の強さも」
「こんなのがあと九体もいるのか……」
その時、悲鳴が聞こえた。
「あれは?」
「駐屯地の方だ」
「まさか、もう一体いるの?」
私はすぐにヒューイを呼び、アンドリューと共に駐屯地へ飛んだ。




