静かな王宮
翌日、私はいつもより早く王宮へ向かった。昨夜用意したローブや弓矢、剣を大きな袋に入れて魔法で見えないようにしておく。
「隠れよ」
透明になった荷物を背負い、何食わぬ顔で馬車に乗る。が、馬車のドアに剣が当たってゴン! と音を立てた。御者が不思議そうにこちらを見ている。
「あら、頭をぶつけてしまったわ」
おでこをさすりながら、笑って誤魔化した。
王宮に着くと、いつもと変わらぬ様子だったので驚いた。
(もっと、慌ただしくなっているかと思ったけど……。戦いに備えるとかしてないの?!)
そこへマチルダがやって来て、いつも通り明るく迎えられる。
「あら! アイリス様、今日はお早いんですね。キャスリン様は今昼食を始められたところですわ」
(マチルダも全っ然、普通じゃないの! なんで? どうして誰も緊迫していないの?)
とりあえず、まだ時間があるので先にアンドリューの部屋へ向かう。背負った荷物が重くてふうふう言いながら。
「アンドリュー!」
ノックの返事を聞くやいなや、私は部屋に飛び込んで疑問をぶつける。
「どういうこと? 王宮はいつもと変わらないじゃない」
「落ち着け、アイリス。昨日聖女ステラと騎士団が東部へ向かったことは一部の役人にしか知らされていない。使用人たちに知れたらパニックを起こすかも知れないからな」
「……そうなの? まあ、それもそうね。それに東部はここからは遠いし、他人事なのかしら」
「まだ直接被害を受けていないからな。昨夜、早馬が来て夜中に起こされた国王陛下はひどく不機嫌でな。『魔獣など、聖女と騎士団で何とかすれば良い』と言って寝室に戻ってしまった。王太子も同様だ。国を守るために出立する騎士団と聖女の挨拶を受けねばならないのに、何という傲慢不遜。同じ血が流れていることが恥ずかしい」
結局、第二王子であるアンドリューがテオドアの挨拶を受け、彼らに祈りの言葉を与えたのだそうだ。
「ところで、ドラーゴとやらはそれほどに強いのか」
「エレンが言うにはね。とにかく実際に見てみましょう。風の妖精が連れて行ってくれるから、騎士団には追いつけると思うわ」
私たちは並んでキャスリンの部屋に向かった。歩く度にカチャカチャという音が微かに聞こえる。
「……何か音がしているぞ。硬い物同士が当たるような音が」
「荷物を透明にして背負ってるの。剣と弓が当たってるのかしら」
アンドリューは私の背後を探り、透明な荷物があることを確認した。
「馬鹿。何で早く言わない。重かっただろう」
「あら平気よ。最近鍛えてたから」
そうは言ったが、本当のところは重たかった。その荷物を私の肩から下ろし、軽々と持ってくれるアンドリュー。
「ありがとう。助かったわ」
「これぐらいなんでもない。お前は体力を残しておけ」
今のアンドリューは以前の『美しく優しげな王子様』だった頃より男らしくなって、なんだかリカルドと一緒にいるような……気がする。二人で魔物討伐をしていた頃のリカルドと。
キャスリンの部屋に入ると、アンドリューはしゃがんでキャスリンと目線を合わせ、優しく話しかけた。
「いいかい、キャスリン。私とアイリスは今から東部へ行って魔獣の様子を見てくる。だから今日は遊べないけれど、我慢してくれるかい?」
「わかったわ、アンドリューお兄様。今日はメルルたちと一緒にお留守番してるわ」
「キャスリン様、エレンが私の替わりに側にいてくれますわ」
私の言葉と同時にエレンが空中でクルリと回転し、急にキラキラと輝き始めた。眩しい光が溢れ、その光が消えるとそこには……私がいた。
「え?! お姉様が二人? えっ、えっ?」
「魔法で変身しました」
私の顔になったエレンがにっこりと笑う。こうして見ると私、やっぱり可愛いじゃない。(自画自賛)
「キャスリン様、今日は王宮に泊まると家の者には言ってきましたわ。だから、エレンは夜もずっと一緒にいてくれますからね」
頷いたキャスリンは私のドレスにそっとしがみついてきた。




