真夜中の訪問
そんなある日の夜、ベッドで寝ていた私を起こす声が聞こえた。
『アイリス。起きて。出たの』
頭の中に聞こえるエレンの声。私は目を開け、ガバっと飛び起きた。暗闇の中で二枚の羽が淡く光っていて、エレンの顔がぼうっと浮かんで見えた。
『エレン! 出たって、ディザストロが?』
『いいえ。ディザストロではなく、ドラーゴ。空を飛ぶ魔獣。大きな翼と鋭い牙や爪を持つ。十体のうちの一体が、東の辺境に出た』
『大変……! 被害は?』
『まだ大丈夫。恐らく目覚めたばかりで、試しに空を飛んでいたんだと思う』
『ではディザストロも東にいるのね』
エレンは首を振る。
『今、妖精族も懸命に探してるけど見つからない。アイツがどんな姿で眠っているのか誰も知らないから。目覚めてから気配を感知するのを待つしかない』
『ドラーゴ……そいつも強いのよね?』
『ええ。火を吹く。普通の魔獣の五倍くらいの炎』
五倍? いつもの魔獣の炎でさえ、直撃すれば大火傷だったのに。ドラーゴと戦えば騎士たちにかなりの被害が出るのではないか。騎士たちがやられてしまったら、次は住民たちが襲われる。
『私、行かなきゃ』
『待って、アイリス。アンドリューと相談して』
それもそうか。私一人で行ったって、何もできやしない。
『エレン、アンドリューに手紙を運ぶことはできる?』
『運ぶだけなら』
アンドリューにはエレンの姿は見えないし声も聞こえないので、話すことはできない。でも手紙を渡せるなら大丈夫。
『じゃあ、これを彼に渡して』
小さくて薄い便箋を丸めてリボンで結び、エレンに手渡した。
『じゃあ行ってくる』
『行ってらっしゃい。よろしくね』
手紙を持って消えたエレンを見送り、私は小さな蝋燭を付けて準備を始めた。クローゼットの奥に隠しておいた黒いローブ。顔を覆うフードがあり、足まですっぽり隠す長さだ。
(絶対に顔を見られてはいけないから)
それから仮面。本当は顔全体を覆うものが欲しかったが見つからず、仕方なく仮面舞踏会用の、目の周りだけ隠すタイプで飾りが付いたものを用意した。一応、黒に銀の刺繍という比較的地味なものにはしたが。
(目しか隠れないんだけど、フードも被るし、まあ大丈夫ね。あとは、弓と剣)
これもクローゼットに隠しておいたもの。華奢な身体でも扱える小さな物を用意しておいたのだ。
準備ができた頃、ちょうどエレンが戻って来た。
『アイリス、アンドリューからの返事』
そう言って丸めて両手に抱えた手紙を見せてくれた。そっと開き、エレンに内容を聞かせる。
『今、王宮でも対応に追われているんですって。昨夜ドラーゴが空を飛んでいるのを東の辺境部隊が確認し、すぐさま早馬で王宮へ知らせたみたい。それを受けて騎士団本部にテオドアたち精鋭が集合し、聖女ステラと共に既に東へ出発したそうよ。今日、私が王宮に参上したら、馬で一緒に出発して追いかけよう、ですって』
『馬で追いかけるのは時間がかかる。ヒューイを連れて来るから、二人で飛んで行って』
『ありがとう、エレン! それなら夕方には追いつくわね』
ヒューイは、風の妖精だ。少し前から私に風の移動魔法を教えてくれている。一人で飛ぶことはできるようになったけど、アンドリューを連れてとなるとまだ自信がない。だけどヒューイが来てくれるなら安心だ。
『じゃあエレン、今日正午にキャスリンの所へ向かうわ。そしたら打ち合わせ通り、頼むわね』
『もちろん。任せて』
エレンはフッと姿を消し、王宮へ戻って行った。




