エレンの話
私がベッドから窓辺に戻ると、エレンは舞踏会用のドレスを着たままで優雅にお茶を飲んでいた。ままごと用の小さなティーカップにキャスリンが入れてくれていたのだ。
『お疲れ様、アイリス。あなたもお茶を飲んだらいかが?』
「ええ、そうね。ひと休みしようかしら」
そう答えてから、あら、と思った。今エレンに話し掛けられたと思ったけれど、エレンの口は動いていなかったような?
するとエレンは微笑んで私の顔をじっと見た。
『私は、喋らずにあなたの心の中に話し掛けることができる。あなたも言葉を口に出さないで、心で思うだけにして。それだけで私にはわかるから。人に聞かれたくない話もあるの』
つまり、エレンは私と精神感応で話すことができるのだ。私にとっては前世でも今世でも初めての経験だ。
『わかりました。じゃあちょっとお茶の用意をするわね。あなたのお茶も熱いのに入れ替えるわ』
こうして私たちは大小のテーブルセットにそれぞれ座り、お互いの顔を見ながら心の中で話し始めた。
深い紺色のビロードに銀色の蝶が刺繍された、豪奢なワンショルダーのドレスがよく似合うエレン。髪は濃い紫色だが瞳は私と同じ薄紫だ。あまりに綺麗なのでついつい見つめていたら、エレンはほんのり顔を赤らめてティーカップを置いた。
『そんなに、褒められたら恥ずかしい』
『ご、ごめんなさい。でも、心で思うだけで伝わっちゃうから……』
私は恥ずかしくなって照れ笑いをした。たぶん、ここにメラニーがいたら「またニヤケ顔になってますよ!」と怒られるところだ。
『そうね。でもありがとう。嬉しい』
エレンは口の端を綺麗に上げて優雅に微笑んだ。だがすぐに、唇を引き締め真剣な顔つきになった。
『実はね、アイリス。あなたに大事なお話があるのよ』
エレンのただならぬ様子に、私も居住まいを正す。
『はい。何かしら』
『ディザストロが目覚めるの。最大、最悪の災厄が』
『え……何なの? それは』
初めて聞いた名前だ。でも、何かすごく嫌な物だろうと想像は出来る。
『最大の魔獣よ。十体の空を飛ぶ魔獣を従えた最強の敵。私たち妖精にとっても、あなたたち人間にとっても』
声に出さない会話。なのに、口がカラカラに乾いてくる。今、恐ろしいことを聞いている気がして。
『間もなく目覚めるのはわかってた。だから強い聖女を探していたの。そして、アデリン、あなたを見つけた』
『私の前世を知ってるのね』
頷くエレン。
『あなたは最高の聖女。だから私たちはあなたを転生させることにした。ディザストロと戦うために』
『そんな……! じゃあ私は、また聖女として神殿に閉じ込められなければならないの?』
『それは人間の都合。ディザストロが現れた時に戦ってくれるのなら、国を覆う結界など張らなくてもいいの。どうせディザストロに結界など関係ないから』
『もしかして、キャスリンも聖女なの……?』
するとエレンは少しだけ顔を曇らせた。
『そう。予想外に生まれてきた聖女。あなたに匹敵するだけの潜在的な力は持っている。聖女が二人いれば……勝てるかもしれない。だから妖精族はあの子が覚醒するのを待ってる。あんな小さな子を戦いの場に連れ出すのは……辛いけど』
そう言って目を伏せ、ため息をつくエレン。その悩ましげな横顔はとても美しかったのを覚えている。




