答えのない問い
私は、安らかな表情で永遠の眠りについたニッキーの手を胸の上で組み直し、もう一度祈りを捧げた。
「……少しでも役に立てたかしら」
「ああ。きっと懐かしい故郷の海を見ながら旅立っただろう」
涙を流し、鼻をすすりながらアンドリューに尋ねると、アンドリューもいつもと違うくぐもった声で答えた。もしかしたら泣いていたのかも? まさかね。あのリカルドが泣くわけない。
「これからニッキーはどうなるの?」
「おそらく神殿で葬儀を執り行い、王族専用墓地の隣に埋葬されるだろう。お前の墓もそこにあるぞ」
「うっ……あまり考えたくないわね」
土の下で眠っている自分の身体(いや、もう骸骨よね)をちょっと想像して身震いした。
「……ねえ、ニッキーの亡骸を故郷へ帰すわけにはいかないの?」
「前例はない。だが、あれほどに故郷に帰りたがっていたのだから、そうしてやりたい気持ちはある」
「でしょう? もちろん、難しいとは思うわ。国王陛下や重臣たちに諮らなければいけないのよね。でももし叶うなら……そうしてあげて」
「俺はしがない第二王子だからな。あまり期待するな」
アンドリューはそう言いながらも目はギラリと光っていた。こんな時のリカルド……いや、今はアンドリューだけど。こんな時の彼はきっとやり遂げるだろう。
「そろそろ戻るぞ。キャスリンも起きているかもしれない。俺はニッキーが亡くなったことを報告しに行くから、お前はもう帰れ」
「ええ、わかったわ。キャスリン様にご挨拶してから下がらせていただきます」
アンドリューは国王陛下の所へ向かい、私はキャスリン様の部屋に戻った。
「アイリス様! たった今キャスリン様がお目覚めになりました。『お姉様はどこ?』と探してらっしゃいますよ」
マチルダがニコニコして出迎えてくれた。急いで部屋に入ると、キャスリンはパタパタと走って私の胸に飛び込んで来た。
「お姉様!」
「キャスリン様! ごめんなさいね。アンドリュー様に王宮を案内していただいてたんですよ」
「良かったあ。目が覚めたらいらっしゃらないから、もしかしてお姉様のことは夢だったのかと心配したわ。お兄様とご一緒だったのね? それならしょうがないわ。でも、次は私も連れて行って下さいね!」
なんて素直で可愛らしい王女様だろう。こんなに真っ直ぐに好意を伝えられたら、そりゃあ冷徹アンドリューだってメロメロになってしまうだろう。
「ねえお姉様。今日はお泊まりしていただけるの?」
「ごめんなさいね、キャスリン様。私は通いで王宮に来ることになっているんですよ。だから、今日はもうお暇いたします。また明日の午後来ますから、一緒にお話ししましょうね」
「えー、そうなの? 寂しいわ。ずっと一緒にいられたらいいのに。でも、明日会えるとわかっているのなら、今日のお別れも辛くないわね。私はレディなのだから我慢するわ」
ちょっと大袈裟な言い方をするのも子供らしくて可愛らしい。
「ではまた明日。失礼いたします」
「ええ! 待ってるわ、アイリスお姉様!」
王宮から帰る馬車の中で、私はニッキーのことを考えていた。
恋をして普通に生きていきたい。そう思って聖女であることをひた隠しにしてきたけれど、それはニッキーの犠牲の上に成り立っていた。その事実をまざまざと見せつけられた気がした。
(私の力があれば、また国中に結界を張ることができる。そうすれば、もう一人の聖女も普通の女性に戻してあげることができるだろう)
だけど……そうしたらまた私は籠の鳥。
前世ではそれが当たり前だった。だけど、外の生活を知った今、もう一度あそこへ戻るなんて耐えられない。エドガーと結ばれることもなく、また乙女として一生を終えるなんて。
(どうしたらいいの……? どうして、私はもう一度生を受けたの? 今度こそ、願いを叶えるためだと思っていたのに……)
いくら考えても、答えは出そうになかった。




