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前世は大聖女でした。今世は普通の令嬢として、泣き虫騎士と幸せな結婚をしたい!  作者:
本編

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16/63

聖女ニッキー

 光の回廊が囲む広い広い中庭。その中心に神殿は置かれていた。石造りの円柱形の建物で、三階ほどの高さがある。一階の祈りを捧げる場所は明かり取り用の窓しか無く、いつも暗かったのを覚えている。


 護衛の騎士が両側を守るドアを抜け三十年振りに足を踏み入れたその場所は、昔と何も変わっていなかった。


 一、二階は吹き抜けになっていて天井が高く、空気がひんやりとしている。神殿の中心には円柱形の台座が置かれ、大きな六角錐の紫水晶が飾られていた。高い位置にある明かり取りの窓にはステンドグラスが嵌め込まれ、その柔らかな光が水晶に当たるようになっている。

 中は全体的に暗く、壁際には昼夜問わず篝火が焚かれていた。


(暗い。暗いわ、相変わらず。前世では神秘的な雰囲気に圧倒されこういうものだと思って暮らしていたけれど、今の生活と比べたら暗すぎる。まるで牢獄のよう)


「どうだ、懐かしいか」


「……懐かしいというより、二度と戻りたくないという気持ちが強いわね。私、こんな所でよく六十年も過ごしたわ」


 アンドリューはふっと笑いを浮かべると階段へ向かった。


「現聖女に会っておこう」


「私も? どういう名目で?」


 聖女の住居に入ることが出来るのは王族しかいない。ただの伯爵令嬢でしかない私が一緒に入ったらおかしいのだ。


「動けるほうの聖女は今、西の森に行っている。魔獣が一体出たらしいのでな。上にいる聖女は……もうほとんど意識が無い」


「え……」


 そんなにも体調が悪いのか。不安に思いながらアンドリューの後をついて階段を登った。


 三階へ出ると、明るい陽射しが差し込む。窓はたくさんあり、風も抜けて一階よりは居心地が良い。しかし、円形の空間にベッドが五カ所に分かれて置かれ、それぞれにチェスト、本棚、鏡台などが置いてあり……つまり、プライベート空間など無いのだ。


(前世では何も疑問を持たなかったけれど、やはりこの処遇はひどいわ。仮にも国を守る聖女なんだから、もっと尊重してあげたらいいのに)


 ベッドの一つにアンドリューが近付いた。真っ青な顔の女性が眠っている。


「聖女ニッキーだ。彼女は十五歳で力に目覚め、小さな漁村から神殿にやってきた。水の加護を持つ聖女で、騎士たちと共に戦い、三十年間勤めを果たしてくれた」


 ニッキーは痩せて頬もこけ、呼吸も浅い。額や眉間の皺が長年の酷使を物語っている。


「なんてこと……こんなになるまで」


 前世では私が一人で大きな結界を張ることができたので、他の聖女たちを普通の生活に戻すことが出来た。そして私は一人で聖女として天寿を全うしたが、最期の時もここまで疲弊してはいなかった。自分の務めを果たした満足感を胸に、微笑んでこの世を旅立ったのである。


「ニッキーは、私が死んだすぐ後に出てきた聖女なのね」


「ああ。私は生まれていなかったから当時の空気感を知ることはできないが、大聖女アデリンと比べられて随分と辛い思いもしたようだ」


 胸がつまる。この女性(ひと)が歩んだこの三十年がどんなに苦難の道だったか。その責任の一端は私にあるのだ。


「この方に……癒しを与えてもいいかしら」


「もちろんだ」


 私はニッキーの隣に跪いて細い手を握った。もう既に、生命の灯が消えかかっているのがわかる。


(この女性(ひと)の苦しみが癒されますように)


 今世で初めて、私は聖女の力を全力で解放した。白い光が溢れ、ニッキーを包み込んでいく。苦痛が和らいだのかニッキーの表情が優しくなり、うっすらと瞳が開いた。唇を震わせ、声にならない呟きを乗せる。


「貴女は、アデリン様ですね……」


 微笑みを浮かべるニッキー。涙が一筋こぼれる。


「ああ、懐かしい海が見える……帰ってきたのね……」


 ニッキーは故郷の海を見ていたのだろうか。眩しそうに目を細め、そして……息を引き取った。


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