3 面会
コフー、コフーと荒い呼吸音が聞こえてくる。空気が薄いのはきっと気のせいではない。
重犯罪人が拘留されているという地下の留置所は、地下2.5階ほどの深い場所にあった。
扉をあけた看守室には、制服が筋肉ではち切れそうな青羆熊族と、辞書くらい分厚い紙束をもった小柄な土鼠族の警官が、すでに2人待機しており、ショーンらを出迎えた。
「お待たせしました、ショーン・ターマー様。ベンジャミン様もお久しぶりですね」
「はい。でもターマーじゃなくてターナーですよ」
——と、天井に届きそうな巨躯の熊警官には言い返せず、ショーン・ターマーは黙って曖昧にうなずいた。
「面会の時間は今から30分になります。延長される場合は、明日、再度申しこみくださいませ」
「明日はちょっと、他にやることもあるし……今日で終わらせますよ」
クレイトに来た目的は、建築家エメリック・ガッセルの捜査と、ラン・ブッシュの行方を追うことだ。しかも明日は、劇場に舞台を見にいく予定が入ってる。
「分かりました、ターマー様。では開けましょう、ようこそ独居房へ」
暗い地下留置室のなかでショーン・ターマ-は少しだけ緊張がほぐれたが、次の瞬間、再度心が固まった。
看守室の奥に位置する独居房は、小さな豆電球がひとつだけ点いた状態だった。
月夜よりわずかに明るい程度の部屋の下、老人が独りいた。
星白犀族、55歳。元サウザス町長にして、サウザス学校長。
長年にわたる横領罪と、サウザス現町長への拉致監禁および傷害罪の容疑で、
拘留中のユビキタス・ストゥルソンは――
五体に厳重な拘束を受けて、ベッドの上に鎮座していた。
両足の拘束具はもちろん、両手には肘までの長い布当て、口には黒い鉄球がはめこまれ、常にヨダレを垂らし囚人服をよごしている。
「っ、独居房ですよね、ここまでする必要が……?」
体の部位のなかで、唯一目だけは拘束されていなかったが、監禁されたままのように、まぶたと皺が一体となっていた。
護送時ならまだしも、未だこれほど雁字がらめだとは。排泄時はどうしているのか考えたくもなかった。
「致し方ない。魔術が使えるということは、このような対応策にならざるをえぬ。犯罪を犯したアルバは皆このような施術を受ける。キミも、私も」
ベンジャミンが黒マントを揺らし、説明を入れた。その間に警察官が鉄格子の扉をあけ、ユビキタスの轡を外す。小さく低いグルル……と唸り声が、小老人の喉から鳴った。
「これも、通常は面会時に轡を外すことは認められていない。あくまで我々がアルバだから許される措置だ。呪文を放とうとしたら、その前に阻止したまえ」
ショーンは小声で耳打ちするベンジャミンの解説に、相槌を打つことさえできなかった。
老人の目に拘束はなかったが、縛られたように閉じていた。乏しい明かりの下、頑なに接触を拒んでいるかのようだ。
「……悪いが仕事があるのでね。ここまでだ、健闘を祈る」
先輩のアルバ、ベンジャミン・ダウエルは返事を待たず、地下室から出ていった。彼がつけている百合のコロンが去ってゆき、体臭と尿臭がいり混じった、独居房のすえた匂いだけがその場に残った。
青羆熊族の警官が、右手に懐中時計、左手に鞭を持ち、ショーンの背後に下がった。
「それでは、面会を始めてください。皇暦4570年4月1日風曜日、現在時刻は午後4時43分、残り時間は30分です」
「お久しぶりですね、ユビキタス……先生」
どう敬称をつければいいか迷い、いつもの “先生” で呼んだ。もうとうに教師の資格は剥奪されていたが。
先生はすぐに喋ることができず、グルルと唸り、唇を震わせよだれを垂らしていた。自分で踏んだ尾とはいえ、四六時中、口轡をはめる事になるとは。相当な拷問だろう。
背後の土鼠族の警官から、トントンとペン先で紙を叩く音がする。
「……あなたが尻尾を切り落としたオーガスタス町長、元気でやってますよ」
黙ってても仕方ない。軽い話から始めてみた。返事らしい返事はもちろんない。
「僕は……【帝国調査隊】になり、サウザスを出て、事件の捜査をしています」
ユビキタスにとうてい質問できる様子でないので、自分の近況を語りはじめた。虚ろだったユビキタスの瞳は動かなかったが、唇だけわずかに反応し、閉まらない口を閉じようとしていた。
「ラヴァ州のあちこちを回って、あなたの仲間や痕跡も見つけました」
カリカリと流暢だったペンの音が、カッカッと走りぎみになってゆく。
「僕はサウザスにいた頃よりも、何倍も力をつけました。この短期間で本当にひどい目にあった」
苛立ちがこみ上げてくる。ついつい拳が熱くなった。
「あなたの州外に逃げたお仲間も、必ず手がかりを見つけ出します。これ以上、散り散りに逃げられるのはうんざりだ」
木の葉の仮面の男、元町長警護官のレイノルドとバンディック、コリン元駅長、戴泉明に、エミリオ・コスタンティーノに、ラン・ブッシュ……ルドモンド大陸は広いから、結局どこまでも州の外へ逃げられてしまう。各個人を捕まえられなくとも、元締めを暴いて、組織を徹底的に潰さなければならない。
「まだ真相は深く潜っていますが、遠くない未来、必ず掘りだして、白日のもとに晒します。あなた方の裏にある闇をあばいて、謎をつきとめてみせる……!」
もはや面会というより、ただの宣言であった。
ユビキタスはベッドの上の膝をわずかに動かしたものの返事はなく、豆電球の下、頭はボロボロに毛が飛びだしている。
「あと15分です」
青羆熊族の警官が低い声で告げた。
ショーンは唾を深く飲みこんだ、恐れはもうなかった。




