2 考えることが、できること
「ねえ、それでランはどこへ行ったか分かる?」
「うっさいなー、アンタこそ鼻が利くとか少しは役にたたないの? てかアンタって何民族よ、角を隠してちゃ分かんないじゃないよ」
「——っ!」
思わぬ方向から詰められ、紅葉はとっさに角花飾りを右手を当てた。
「……わたしの……民族、は……」
「チッ、まずい、誰か来るっ!」
血痕まみれのフタを開けっぱなしのまま、フェアニスは急いでコンテナを降り、紅葉の腕をひっぱりその場を離れた。
(従業員の人って……どこ?)
背後を振りかえり、大量のコンテナの隙間から、何度も目視するも見つからない。
フェアニスは鷲の視力によって、遠くの人影を目撃できていたが、紅葉の目には、その輪郭すらとらえられなかった。
「ま、コンテナの件はアッチに任せましょ。警察がなんとかするでしょ」
「うん、私たちが外から開けたせいで捜査方針とか変わらないかな……」
「さあね、そんときゃーそんときよ。コッチに変な疑いかかるより全然マシ」
物流倉庫から飛びだした2人は、血痕コンテナへの介入を諦め、当初の目標である、辺境町へ買いだしに向かっていた。
古き馬車時代のマーケットをめざし、道の消えた荒野を早足で歩いてゆく。
「私の民族のことだけど……警察学校で習わなかった? 10年前のサウザス駅で、女の子が梁に吊るされて、列車と衝突して……」
「はぁ? 昔の事件なんてイチイチ覚えてるわけないじゃーん。どんだけベンキョーすると思ってんのさ」
紅葉は久しぶりに身の上話を語ろうとしたが、聴く気のないフェアニスに気力を失い、
「その衝突した女の子が私。記憶を失って、本名も民族も不明なの」と、20秒で解説を終わらせた。
(……ガラテナで強化人間になれるとしたら、列車と衝突して生きていた自分にも可能性はある……)
紅葉はその点を話したかったのだが、今朝のキャンプで、《ガラテナ》を持ってないと指摘されたのを思いだし、グッとこらえた。
(それよりも事件についてじっくり考えよう、推理しなきゃ……)
自分の生い立ちが不明でも、民族的に役に立たなくても、考えることで事態を発展させることはできる。
「この事件、そもそもの始まりは、20年前に新聞記者のフィリップ・フェルジナンド氏が、ユビキタス校長と【Fsの組織】の関わりを暴いたところから始まってるの。このクレイト市で」
紅葉はゆっくりと振りむき、背中に広がるクレイト市を見つめた。
円の直径7km、円縁の高さ約20メートルほどの円型盆地であるクレイト市は、ラヴァ州の経済文化の中心を担っている。
「組織のアジト、ランはそこに向かった可能性が高いと思うの。あんたフィリップ氏と知り合いだったんでしょ、場所がどこか聞いてない?」
新聞記者フィリップ・フェルジナンドは行方をくらませ、偽名を使い、水道局員ジョバンニ爺さんとしてノア都市で潜伏調査していた。
「あーね、学校区にある研究寮によく集まってたみたいよー。アジトは点々と変えてたみたいだから、とっくに変わってるだろうけどぉ」
返事はほぼ期待してなかったが、フェアニスは意外にもちゃんと把握していた。
「でも基点は学校区が濃厚なんじゃない? 大人が複数で集まっても不自然じゃないし、学生は毎年コロコロ変わって去っていくしぃー」
「学校区……なるほど、組織のアジトとしては都合がよさそうだね」
人造マナ・ガラテナの作成集団【ピュグマリオンの会】も、古ビブリオ高等学校の関係者だった。魔術師と学校の関わりは、想像より遥かに深く根づいているのかもしれない。
クレイトの辺境地は、灰褐色の柔らかい土にところどころ緑の草木がまじり、馬にとって居心地のよい風土となっている。
「ランはね-、生粋の都会っ子なの。自然の湧き水すするより、都会のタバコの灰に埋もれたい子なのよねぇ。だから小汚いトコにいるわよ、キヒヒ」
「あの子は、トレモロから秘密の設計図【Noah】を盗んでる……。それをノアの大富豪に渡して、でも『時計塔』からとり戻すことには失敗したっぽいの。傷を癒やしたら、またノアへ戻る可能性はあるかな?」
そろそろ辺境町の市場に近づいてきた。この会話も中断しなければ。
「うーん。つかそれ本当に時計塔にあったワケぇ? ランなら一瞬で探しだして、瞬時に持っていくと思うけど。そういうハナは効くからねー」
フェアニスは髪を掻きながら、旧友らしい見解を語る。
「じゃあどこにあるっていうの。ランの手元にはまだ無いと思うけど……」
紅葉は強い風に、うっとうしく髪をかき上げながら尋ねた。
「だーかーらー、エメリック・ガッセルの自宅はどうよ。計画の首謀者なんでしょ?」
崖牛族の建築家、エメリック・ガッセル。
設計図【Noah】を作りしゴブレッティ一族の分家であり、クレイト劇場で舞台設計を務め、ノア都市のサロンで長年暗躍していた人物——
「もう死んじゃったそうだけどぉー、実は地下都市でまだ生きてたりしてね」
と、フェアニスはスカートを風に揺らし、口嘴をカチカチ鳴らせて笑った。




