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四、仮説は実証してこそ真実になる

 まさか、こんな話に付き合わされるとは……。

 運動の第一法則とか言われても、

 文系の私にはサッパリわからん。

 何より、一民間人がなんで偉そうに仕切ってんだ。

 納税者だと思って、付け上がってんじゃねえよ!



 青々とした葉の間を初夏特有の涼やかな風が吹き抜ける中、

 男性は頼みもしないのに、勝手に持論を展開し始めた。


「おそらく、接触を避けるため、バイクに急ブレーキをかけた瞬間、

 運動の第一法則、つまり慣性の法則で後輪が浮き上がり、

 そのまま前方に一回転して車に叩きつけられた。

 すると、どうなりますか?」


 突然水を向けられた私は思わず、口走った。


「そりゃあ、叩き付けられたら、跳ね返されますよ」

「そう、ここで運動の第三法則である、

 作用・反作用の法則が重要になってきます。

 要するに、衝突エネルギーが上向きに変換され、

 いわばカタパルトに似た現象が起こったのです」

「カタパルトって、空母から戦闘機を押し出す機械のことですか?」

「そうです。滑走距離が極端に短い場所において、

 短時間で離陸速度まで加速させる装置です」


 男性は一つ息を吐いて結論を導き出した。


「つまり、図らずも、衝突された車がカタパルトの役割を果たし、

 空へ“射出”されたバイクが偶然にも信号機に引っかかった、

 ということです」


 結論を聞かされた私と中島は顔を見合わせた。


「いやいやいや、そんな漫画みたいな、ねえ、巡査部長」

「普通は、そんな偶然は有り得ないでしょ」


 だが、男性は(がん)として譲らなかった。


「では、どう説明するんですか? 実際、あなた方の目の前には、

 高さ数メートルの信号機にバイクがぶら下がっているんですよ」

「そう言われても、あくまでも仮説の話でしょう」

「だから?」

「いやっ、さすがに調書に仮説は書けませんよ」

「では、実証実験を行いましょう」

「へっ?」


 ()頓狂(とんきょう)な声を上げる私に構わず、

 男性は真顔で実験の概要を説明した。


「例えば、AIに事故の精密な3Dシミュレーションをさせるのです」


 そう言うと、男性は交差点を指差して続けた。


「できるだけ多くの事故現場の写真を読み込ませ、

 使用するAIは、少なくともレベル3クラスが望ましく、

 できれば、ミュトスなどのレベル4クラスが理想で――」

 

 長々と続く説明に私はもちろん、若い中島でさえ口を半開きにしてポカーンとしている。


「――と、私からは以上になります。んっ、どうかしましたか?」


 黙り込む私たちに気を遣ったのか、男性は最後にこう付け加えた。


「もちろん、最終的な判断はヒトが行います」

「いやっ、そういうことじゃなくて」


 話の腰を折る私に、男性は口を尖らせた。


「では、どういうことなのですか? 真相が解明されれば、

 今後の事故処理に役立つとは思いませんか?」

 

 暴走気味の男性に、少しイラ立ちを覚えた私は語気を強めた。


「いいですか。民間人のあなたに、いつ警察が真相解明の協力をお願いしましたか?」


 私が指摘すると、男性はしばし黙り込んだ後、素直に謝罪した。


「確かに、あなたの言う通りです。出過ぎたマネをして申し訳ない」

「わかってもらえれば、いいんです。こちらも、少しきつく言い過ぎました」


 だが、次の言葉で男性の往生際の悪さが露呈した。


「では、こうするのはどうでしょう?」

「えっ?」

 

 目を丸くする私を気にも留めず、男性はアスファルトを指差した。


「鑑識課の方にお願いして、私が書いた数式を写真に収め、

 その写真を元に科捜研ないし、理学系の研究機関に解析してもらうのです」


 あんた、何者?

 

 もちろん、私の心の声など届くはずもなく、

 男性は滔々(とうとう)(まく)し立てた。


「あなた方では理解できないのですから、当然、然るべき機関に検証してもらうのが、筋であり、現状ではベストかと」


 言葉にトゲがある。


「もちろん、不本意ではありますが」


 本当にトゲがある。


 対処に困った私は中島を巻き込むことにした。


「ちょっと、待ってもらっていいですか」


 中島の肩を掴んで男性に背を向けた私は声を潜めて相談した。


「中島、なんか彼の頭の中では物凄いことになってるぞ」

「かなり、こじらせてますね。外国の秘密機関とか、闇の暗殺部隊とか口走ってくれたら、

 ただのイタいヤツで、追っ払えるんですけどね」

「なまじ科捜研だの、理学系の研究機関だの、実在する組織を口にする分、厄介だな」

「どうします?」

「誇大妄想もここまでくると、手に負えないからな。

 ここは一つ、鑑識に協力してもらって、

 いかにも“あなたの言う通り科捜研に依頼しますよ~っ”的な

 雰囲気で誤魔化(ごまか)そう」

「ですね」


 その後、私は嫌がる鑑識の上野に事情を話し、渋々写真を撮ってもらい、

 科捜研に依頼すると、口裏を合わせてもらった。


 そして、その様子を見届けた男性は満足気にその場を後にした。

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