三、現象には必ず理由がある
本当に今日は、何を見せられているんだ。
バイクが信号機のポールに引っ掛かってたかと思えば、
今度はアスファルトに埋め尽くされた小難しい
数式らしきものをジッと見詰める男性と。
もう、勘弁してくれ……。
その男性はザワ付く人だかりの山の中心にいた。
中島が膝を突いて数式を凝視している男性に声を掛けた。
「あの~っ、これを書いたの、あなたですか?」
「ええ、そうです。今、検証しているので、
できれば、話し掛けないでいただきたい」
背を向けたまま答える男性の言い草に、ムッとする中島の肩に手を掛けて、
「やめとけ、ムダだ」と言わんばかり私は小さく顔を左右に振った。
この手の人間を相手にする場合、まずは好きにさせておくことだ。
ただし、周囲に迷惑をかけるなど、違法行為があれば、話は別だ。
検証が済んだのか、男性はスッと背筋を伸ばして立ち上がり、
こちらを振り向いた。
「先ほどは、失礼いたしました」
魅力的な低音ボイスで喋る、メガネを掛けた白髪交じりの
その男性は立ち上がると、一八〇はあると思われる長身で、
長い手足によく似合う紺のスラックスに白の開襟シャツと、
初夏にふさわしい涼しげな出で立ちは、どこか品の良さを感じさせた。
「あの、あれなんですか?」
中島がアスファルトに書かれた数式の群れを指差すと、
男性は事も無げに言った。
「運動の第一法則をベースに、私なりに運動の第三法則を組合せ、
さらに落体の法則及びアモントンの法則を加味したものです」
何を言ってるのか、サッパリわからん。
首を傾げてつつ、私は尋ねた。
「では、どうしてその法則とやらをアスファルトに書き連ねたんですか?」
男性は信号機のポールに引っ掛かったバイクを指差した。
「実に興味深い現象だったので、思わず仮説を立ててみたのです」
男性が言うには、奥さんから頼まれた買い物ついでに散歩していたところ、事故現場に遭遇。
現状を見て興味を覚え、自分なりに仮説を立てて検証したということだった。
「つまり、思考実験みたいなことをしていたと?」
私の問い掛けに肯いた男性は続けた。
「現象には必ず理由があります。まずは、仮説を立てて検証。
最終的には実証実験を行い、その仮説の是非を問います」




