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第7話

「血はどうだった」ロクは聞いた。


 廊下を挟んでリビングの向かいの部屋は、照明がなくいつも暗かった。今はロクを映す小さな画面の光だけが部屋の輪郭を照らしている。

 カイもその中の一つで、部屋の中央に置かれた古びた木製の椅子に座りながらまぶしそうに目を細めた。この椅子はだいぶ前に廃屋で拾ったもので、しっかりとした無垢材に飴色になった塗装の艶が光る、カイのお気に入りだった。



「どうもこうもいつも通りさ。教えてもらった通りに抜いて、持って行って終わり」

 ロクと話すときはなぜかいつも不貞腐れた少年のような口調になってしまう。本当は聞いてほしいことや聞きたいことがたくさんあるはずなのに、言葉が喉につっかかるようにして体の中に逆流し消えていく。

 それこそ反抗期って本当はこういうことじゃないのか、とシティから持ち帰った書籍で読んだような知識が頭をかすめた。俺が?えらく遅い反抗期だ。


「今はどれくらいになった」


 ロクはいつも言葉足らずだ。何がどうという主語が欠如しているその言葉にカイはため息をつきながら、それでも何を言いたいのかわかってしまう自分に呆れていた。



「順調だよ。二百七十九になった」


「順調?」


「順調に減ってる」


 あんたの思惑通りに、という言葉を飲み込んでカイは目をそらし部屋の暗闇を見つめた。



「中央が?」


「いや、多分『逃げ』だ」


 カイは昨夜建物の前で暗闇に溶けていった物音を思い返していた。野犬だと思ったが。いや、別に昨日のことかまではわからない。中央は事細かな履歴までは開示しない。カイも別に知りたいとは思わなかった。



「理由を聞いたら濁された」


「まあ、一部は影行きかもしれないが」ロクは考えるように白い腕を伸ばして眺めた。「このところペースが速いようだ」

 考え事をするときいつも自分の体をしげしげと眺める癖がある。そしてカイはそんなロクの視線を追う癖があった。しばらくの沈黙の後、カイは昼間のナギの言葉を身体から絞り出そうと息を吸った。



「あのさ、ロクはいつから助手をつけた?」


 ロクは自分の体をしげしげと眺めるのをやめてこちらに向き直る。


「・・・さあ、二十二、三か、そのくらいの時だったか」


「ふうん、早かったんだなあ」


「別に選んだわけではない。未来を悟るのは俺じゃなくて中央だ」


「まあね」


 カイは大きく開いた脚の間の椅子の座面をつかんだ。堅い木材を力強く握りしめるとその素材としての逞しさが手のひらに伝った。



「俺の先代は三十五の時だった」


「ああ」カイはロクに見せてもらったエコーと写真を思い出した。


「お前にはつかないんだろう?」


「わからないさ、こればっかりは」

 カイは拗ねたように口をとがらせて、傾いた椅子の後ろ脚だけでバランスを取って身体を揺らした。修理しながらも百年近く形を保っているたくましい椅子といえども、さすがに六十キロ近い体重を支えるとなるとぎしぎしと怪しげな音が鳴った。



「いや、そうじゃない。お前にはつかない」


「なんでさ」


「もうすぐ十年だろう」


 ロクはまっすぐにカイを見た。カイは頭の後ろに手を組みながらその目を数秒見つめた後、何かを悟ったように椅子の位置を戻して言った。


「まさか、中央は知ってるって言いたいのか?」


「全部ではないだろう。でも、カイ。お前の血が語るよ」


 カイは自身の腕を反射的に見た。ロクとは違って日焼けをしたその腕には一点注射後のかさぶたがあり、暗闇で見るそれは一滴の汚れのように見えた。

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