第5話
エコーが保管されているのは、三十番目から先の棚だった。
これまで整然と並んでいた無機質な棚とは打って変わって、そこから先は重厚な木の棚が並べられていた。
それらの棚は背が高く、黒に近い濃いブラウンの木目は艶があり、見るからに手のかかった棚であった。そしてすべてがむき出しだったこれまでのオープンラックとは違い、真鍮の取っ手がついて引き出しでびっしりと天井近くまで埋まっている。
カイはその棚までたどり着くと、ポリーを通すために道を空けた。ナギも習って棚の間の通路で右側によける。
ポリーは黙って二人の横を通り過ぎると、大きくて重厚な棚を一方ずつ確認し、引き出しを開けては中を物色した。その様子を一瞥し、ナギはまたカイへと視線を戻した。
「調律師には成人というものはあるのですか?」
ナギは興味津々、といったように目を輝かせてこちらをのぞき込んでくる。
毎月シティに来るたびに、ナギはこの場所でカイたちを待ち伏せた。そして外の世界やカイの仕事のことを質問しては、満足げに帰っていく。
「いやぁ、特にないよ。酒がうまいと思うようになったらだと聞かされていたけど、俺にはまだまずい」
「そうですか。でもカイ様はずっとお変わりないですよね」
「自分ではよくわからないな」
「少なくとも私とここで出会った三年前ほどから、一ミリたりとも変わっていないように見えます」
「髪は伸びるから切ってるよ」
ナギはちらりとカイの頭部に視線をずらす。カイの髪の毛は細く、くせ毛だった。ふわふわとやわらかくうねる明るいブラウンの髪の毛は、月に一度自分で切っているがすぐに広がり、四方八方に伸びていく。
髪をきれいになでつけたナギの表情からは、まだ長い、という心の声が聞こえるようだった。
「血だよ、血」
カイは子どもに言い聞かせるようにナギに言った。
「血の違いさ。俺と君たちは、血のめぐる速さが違うんだ」
「それは――」
ナギが何か言いかけたが、ポリーがエコーのデータディスクを引き出しから勢いよく落とす音でかき消された。何やってんだよ、とカイは散らばる小さなディスクを拾うポリーを見てため息をついた。「欲張るからだぞ、ポリー」
「そういえば、調律師の方はお弟子をとる方もいると聞きました」
ナギは言いかけた言葉を飲み込むように咳払いをするとそう言った。
「弟子ってか、助手な」
「先代の方もいらっしゃったとか。もうお住まい先にいらっしゃるので?」
「引き継ぎ手を育てるためだ。俺にはまだ早い」
「そうなんですか?祖父が言うに、前の代は若いうちに拾い子をつけていた時もあったとかなんとか…」
「とにかく、俺には、要らないんだ、もう」
カイはぴしゃりと言って会話を終らせた。ポリーは腕を可能な限り伸ばし、天井近くの引き出しを開けている。ナギは口を噤んだが、「そうですか」と小さく言ってからまた明るく続けた。
「いらっしゃらないのであれば、シティでお住みになればいいのに!」
「えぇ……いやだよ」
カイはげんなりした表情でナギの方を見た。ナギは相変わらず一点の曇りなき眼でカイを見つめている。本当にそれがベストだと心から思っている表情で。
「なぜです?その方が楽しいに決まっています」
「真っ白で透明でまぶしい空間にいたら明らかに異物になるぞ、俺は」
「そんなことないです。カイ様は魅力的です。そして私は自動的にシティに友人ができることになります。すべてが良い方向に行くでしょう」
もはや発光している笑顔を向けてきたナギにたじろぎ、カイは頭を掻く。
「別に同じ場所に住んでいなくたって、友達にはなれるだろう」
「ええ!カイ様!」
ナギが全身で喜びを表現し始めたので、しまった、と思いカイはポリーの方へと駆け寄った。
「おい、もう帰るぞ」
「ぴこぴこぴ」
「うわ、ポリー。百年前のロボットのエコーでもつまみぐいしたか?」
カイはそう笑って、ぐらぐらと揺れて落ちてきそうな引き出しを漁るポリーの背中を叩いた。




