第4話
「外れ値?」
カイは表示された文字を見て首をかしげた。やがて小さな画面に再び指を滑らす。
[User] Erased?
画面の端の「Thinking...」という文字をちらりと確認し、上部のモニターを見上げた。
どのモニターも白い背景の中の生活者を映し出している。ある画面にはカフェのような場所で談笑する三人組の若者を、ある画面には幼子をひざに乗せて編み物をする母親を、ある画面には熱心に書き物をしている青年を――誰の表情にも不安はなく、穏やかな表情をしている。図書室と思わしき空間を映す画面にはエリスという少女はもういなかった。
カイは視線を手元の画面へと戻す。すでに回答は来ていた。
[System] Partially.
「………」
カイはひそめた眉を持ち上げ、もう一度279という数字を見つめた。隣のモニターでは若い男女が広場のベンチで隣り合って座っていた。どちらかの話を聞いては手をたたいて笑っている。
カイはため息をつくと振り返りポリーの元へと進んだ。ポリーは黙ってくるりと向きを変え、カイの後ろを追うように部屋を出た。
エレベーターから降りた階は地下だ。窓が無く光が届かない地下は、明るいけれどもどこか湿った空気がして、白くて透明で上下左右すべてが光で反射し合う地上のフロアよりも、カイにとっては落ち着く場所だ。
カイとポリーは慣れた足取りで広い廊下を進み一つの部屋に入る。そこは倉庫のようで、規則正しく並んだ何百という棚に、古びた本や工具、絵画や食器などが所せましと並んでいた。
カイは一、二、三…と棚の数を指さし数えながら、迷うことなく棚と棚の間を進んだ。
その数が十五まで来たとき、棚と棚の間を大きな影がぬっと横切った。
「うお!」
カイは驚きのけぞる。後ろからついてきていたポリーがカイの背中にぶつかり、「後退」とだけ言った。久しぶりのポリーの言葉だが、なんと味気ない。
カイは自分の前を通りすぎた影を見た。濃紺のずっしりとしたローブで全身を覆った何かが、カイの方を振り向きもせず足早に去っていくところだった。
「……なんだ、『影』の方か。びっくりした」
「こんなところに『ウォール』がいるのは珍しい」
「わっ」
独り言に対する返事が耳元で聞こえ、カイはまた飛び上がった。すでに後退していたポリーは今度はぶつからずにすんだ。
「失礼、カイ様」
「驚かすなよ、ナギ」
カイは振り向き、背の高いその人物を認めた。
淡い金色の髪をしっかりとなでつけ、淡いブラウンの瞳を強調させている。白くぱりっとしたスタンドカラーシャツとベージュのパンツを身にまとい、シャツ越しでもわかるすらりと長い腕を身体の横にぴたりとつけてまっすぐに立っていた。
カイよりも10cmは背の高い男性であるが、一言でいうならば、美しい。
「今日は少し遅かったですね。何かトラブルでも?」
「秒刻みで俺らのスケジュールを把握しているのはお前だけだよ」
カイは心臓を抑えて呼吸を整えるしぐさをしながら歩みを進めた。えーっと、陶器の花瓶が並んでいる棚だから…ここは十六番目だ。
「カイ様とお話するのが一番の楽しみなんです」
ナギはカイの後ろをまっすぐな姿勢のままぴたりとついてきた。ポリーは距離を測れずに何度もカイの足にガンガンとぶつかっては「後退」とつぶやいている。
「もっといい楽しみを見つけなさいよ」
「一通り終えました。文学も、語学も、料理も家事も創作も。でもやはりだめですね、僕。人より早くできてしまうのです。だからもう退屈なのです」
「お前に足りないものを一つだけ教えてやろう。友達だ。次は友達を作ってその技を披露してあげな」
カイは棚の数を数えながら上の空で言う。
「確かにそうです。カイ様の仰る通り。次のステップはそこかなと僕自身も感じています。だって、僕来年には十八になるのですから―」
「そう、そう……って、え?なんだって?」
「ええ、だから友人を作って、来年の診断の前に自身の可能性をさらに広げようと―」
「ナギ、お前もう十八なのか」
カイが急に足を止めたので、ナギはカイの背中にぶつかり、ポリーはナギの足をがんがんと車輪で引いた。
「はい。時の流れは速いですね」
ナギはにっこりと笑う。
「そうか。来年には」
カイはナギの顔をじっと見上げた。
「ええ、そうです。とても楽しみであり、寂しさもあります。大人になったような気持ちと、ついに自分も一人だけでは生きていけなくなるのかという気持ちの両方です」
シティでは、十八になると将来のパートナーが決まる。
あの部屋に鎮座するAIによってはじき出された、遺伝子上強い相性を持った相手を選別されて。病気をせず、最も寿命が長く、異常がなく育つ子を産むことができる相手を。




