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建国記異聞  作者: 奪胎院
第六部

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第五章:王朝の終焉

第一幕:英雄と女王の最期


アクティウムでの呆気ない勝利の後、我々の軍団がエジプトのアレクサンドリアを完全に包囲するのに一年という時間は必要なかった。


かつてアレクサンドロス大王によって築かれ、プトレマイオス王朝の栄華を三百年もの間見守ってきたこの偉大な都も、ローマの圧倒的な武力の前にもはや風前の灯火だった。


俺、マルクス・ウィプサニウス・アグリッパはオクタウィアヌスと共に、最前線の陣営からアレクサンドリアの白亜の城壁を静かに見つめていた。


この戦いが本当に最後の戦いになる。長きにわたった内乱の時代がこの都の陥落と共にようやく終わりを告げるのだ。


全ての希望を失ったのはマルクス・アントニウスも同じだった。


アクティウムで彼を見捨てたはずの兵士たちも陸に上がれば、そのカリスマ性に再び引き寄せられ、最後まで彼と共に戦うことを選んだ。


だがその最後の抵抗も我々の圧倒的な物量の前に脆くも崩れ去った。


追い詰められた彼はクレオパトラが籠る王宮へと敗走した。


そこで彼は運命の、そしてあまりにも残酷な誤報を耳にすることになる。


「女王陛下は…自らの命を絶たれました!」


侍女の悲痛な叫び声。それを聞いた瞬間、アントニウスの心は完全に折れた。


彼は腹心の奴隷に自らを殺すよう命じた。だがその忠実な奴隷は主君を殺すことなどできず、代わりに自らの胸に剣を突き立てて果てた。


それを見たアントニウスは「見事だ」と呟くと、奴隷の剣を抜き取りためらうことなく自らの腹に深く突き立てた。


だが彼はすぐには死ねなかった。


瀕死の状態で彼が運び込まれたのは、クレオパトラが立てこもる霊廟の一室だった。


彼女は生きていたのだ。


アントニウスは愛する女の腕の中で最後の言葉を振り絞った。


「…泣かないでくれ、我が女王。私は敗北したのではない。ローマ人がローマ人に勝利しただけだ…」


そう言うと彼はその波乱に満ちた英雄的な生涯の幕を静かに閉じた。


ローマ最高の猛将は一人の女への愛のためにその全てを失い、そして死んだ。


その数日後、全ての抵抗が終わった王宮でオクタウィアヌスは生き残ったクレオパトラと最後の会談に臨んだ。俺もその場に同席していた。


彼女はもはやかつてカエサルやアントニウスを虜にした絶世の美女ではなかった。


悲しみにやつれ服装も乱れていたが、その瞳の奥に宿る女王としての気高さだけはいささかも衰えてはいなかった。


彼女は命乞いをしなかった。


ただ自らの息子たちの助命とこのプトレマイオス王朝の存続だけを求めた。


だがオクタウィアヌスはその全てを冷徹に拒絶した。


「…女王。あなたの命は保証しよう。あなたは私の凱旋式に花を添えてもらうことになる。ローマの民衆の前で鎖に繋がれ、私の戦車と共に街を練り歩くのだ。それがあなたに残された唯一の道だ」


そのあまりにも無慈悲な宣告。


それを聞いた瞬間、クレオパトラの瞳の奥で何かが静かに砕け散る音を俺は確かに聞いた。


彼女はもはや何も語らなかった。


ただ深々と頭を下げただけだった。


その翌日、我々が彼女の身柄を確保しようと霊廟に踏み込んだ時、彼女はすでに冷たくなっていた。


豪華な寝台の上でまるで眠るかのように安らかな表情で。


その腕には小さな毒蛇の牙の跡が二つ残されているだけだった。


プトレマイオス朝エジプト最後の女王。


彼女は凱旋式で屈辱を味わうというローマの支配者のやり方を最後のプライドをもって拒絶したのだ。


第二幕:カエサルの息子

アントニウスとクレオパトラの死。


その報はローマ世界に内乱の時代の事実上の終わりを告げた。


だがオクタウィアヌスにとって、そして我々にとって、まだ最後の仕事が一つだけ残されていた。


カエサリオン。


クレオパトラと神君カエサルの間に生まれたとされる十七歳の少年。


アントニウスが「王たちの中の王」とまで持ち上げた、内乱の最後の火種。


彼は母の計らいでエジプトを脱出し紅海を越えてインドを目指していた。


だが彼の傅役が我々の甘言に乗って彼をアレクサンドリアへと連れ戻してきたのだ。


俺はオクタウィアヌスの執務室に呼び出された。


彼は窓の外を見ながらただ一言だけ俺に告げた。


「…始末しろ」


その声には何の感情もこもってはいなかった。


それは友としての言葉ではなく、ローマの絶対的な支配者としての冷酷な命令だった。


俺は何も言わなかった。


この決断がローマの未来のために不可避であることを俺も理解していたからだ。


「一人のカエサルはローマにとって祝福だった。だが二人のカエサルはローマにとって破滅でしかない」


かつて誰かが言った言葉が俺の頭の中に蘇る。


カエサルの本当の息子が生きている限り、必ずや第二、第三のアントニウスが彼を担ぎ出し再びこの世界を戦乱の渦に巻き込むだろう。


百年にわたってローマを蝕み続けてきたこの内乱という病。


その最後の病根を完全に断ち切るためにはこの非情な外科手術が必要不可欠なのだ。


俺は黙って一礼すると部屋を出た。


その日の夕暮れ、アレクサンドリアの一室で、カエサルに生き写しだというその少年は、ローマの百人隊長の手によって静かにその命を絶たれた。


そのあまりにもあっけない少年の死。


それこそがユグルタ戦争からマリウスとスッラの争い、そしてカエサルとポンペイウスの戦いを経て、百年間この国を血で洗い続けてきた巨大な内乱の時代の、本当の終わりを告げる鐘の音だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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