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建国記異聞  作者: 奪胎院
第六部

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第四章:最後の内乱

第四章:最後の内乱


第一幕:アントニウスの遺言

我らが主君オクタウィアヌスの姉上、オクタウィアがローマへ送り返された一件と、それに続くマエケナスの巧みなプロパガンダによって、ローマ市民のアントニウスへの怒りは沸点に達していた。


そして紀元前32年、ついにアントニウスはオクタウィアとの離縁を公式に宣言した。


それは彼がもはやローマとの繋がりを完全に断ち切り、エジプトの女王の配偶者として生きることを選んだ最終的な意思表示だった。


この報を待っていたかのように、オクタウィアヌスは動いた。


パラティヌスの丘にある邸宅。その一室でマエケナスが冷徹な声で進言した。


「機は熟しました。アントニウス殿は自らの遺言状をウェスタの巫女の聖域に預けているはず。そこに記されているであろう彼の『本心』を、今こそローマ市民の前に白日の下に晒す時です」


ウェスタの巫女が守る聖域から個人の遺言状を強奪する。


それはローマの法と伝統を根底から揺るがす、神をも恐れぬ瀆神行為だった。


俺、マルクス・ウィプサニウス・アグリッパは軍人として、そのあまりに危険な策に眉をひそめた。


だがオクタウィアヌスは一瞬の逡巡も見せず頷いた。


数日後、フォルム・ロマヌムに強奪されたアントニウスの遺言状の内容が高らかに読み上げられた。


その内容はマエケナスの予測を、いや我々全員の想像を遥かに超える衝撃的なものだった。


第一に、彼は自らの亡骸をローマではなく、クレオパトラと共にエジプトのアレクサンドリアに埋葬するよう指示していた。


第二に、クレオパトラとの間に生まれた子供たちにローマの広大な東方属州を遺産として分け与えることを明記していた。


そして極めつけは第三に、カエサリオンこそが神君カエサルの正統なる後継者であることを改めて公に認めていた。


フォルムを埋め尽くした市民たちは最初、その内容が信じられず静まり返っていた。


だがやがてその静寂は、地鳴りのような怒りの声へと変わっていった。


もはや疑う者はいなかった。


マルクス・アントニウスはローマ人であることをやめたのだ。


彼はエジプトの女王の虜となり、その魂を完全に売り渡してしまったのだと。


第二幕:宣戦布告

この決定的な世論を背景に、オクタウィアヌスは元老院を動かした。だがその手法は実に巧妙だった。


彼は決して「マルクス・アントニウスとの内乱」という形を取らなかった。


それでは再びローマ人同士が殺し合う、忌まわしい内乱の再来となってしまう。


マエケナスが作り上げた物語の通り、オクタウィアヌスは元老院にこう宣言させた。


「これはローマ共和国の尊厳と、その平和を脅かすエジプトの女王クレオパトラに対する、正当なる聖戦である」と。


あくまでこれはローマ対エジプトという国家間の戦争なのだ。


アントニウスはその敵国に与する哀れな裏切り者に過ぎない、と。


この大義名分の下に元老院は満場一致でクレオパトラへの宣戦布告を布告した。


その日、俺はオクタウィアヌスに正式に海軍の総司令官に任命された。


「アグリッパ。友よ。お前にこの国の最後の戦いを託す。二度とこのローマに内乱の悲劇を繰り返させないために、この戦いを終わらせてくれ」


その言葉は俺のこれまでの人生の全てを懸けるに足るものだった。


ナウロクス沖でセクストゥスを打ち破った、あの静かな湖の底で鍛え上げた俺の艦隊と兵士たち。


ハルパクスという新しい牙。


そしてメッシーナの惨敗から学んだ全ての教訓。その全てを今こそ解き放つ時が来た。


俺は静かに、しかし力強く頷いた。最後の戦いが始まろうとしていた。


第三幕:アクティウムの海戦

紀元前31年。我々の大艦隊はギリシャの西岸、アクティウムの湾を完全に封鎖していた。


湾内にはアントニウスとクレオパトラの五百隻からなる連合艦隊が閉じ込められている。


俺はメッシーナの教訓から性急な決戦を避けていた。


海戦は天候と潮の流れが全てを左右する。


焦りは禁物だ。


俺はレビルス様が教えてくれた通り、ただひたすらに敵の補給路を断ち、兵士たちの士気が内側から腐り落ちるのを待った。


数ヶ月にわたる海上封鎖の末、ついにアントニウスは決断を迫られた。


このまま湾内で飢え死にするか、それとも打って出て活路を見出すか。


9月2日。風が凪いだ。


ついにアントニウスとクレオパトラの連合艦隊が、湾内からその巨大な姿を現した。


ローマ世界の覇権を賭けた最後の戦いの火蓋が切られたのだ。


敵の船は巨大だった。その甲板には投石機や櫓がまるで城のように林立している。


対する我々の船は、かつてセクストゥスの快速船を仕留めるために建造されたものであり、アントニウスの巨大な浮遊要塞と比較すれば相対的に小型で機動力に優れていた。


戦いが始まると、俺は全艦隊に敵船に接近しすぎないよう徹底させた。


我々の狙いは敵の巨大な船の櫂と舵を破壊すること、そして好機を見てハルパクスを撃ち込み白兵戦に持ち込むことだ。


海戦は一進一退の熾烈な様相を呈した。


だが戦いの趨勢がまだ全く見えないその昼過ぎのことだった。


信じられない光景が俺の目に飛び込んできたのは。


敵艦隊の後方にいたはずのクレオパトラが率いるエジプトの艦隊六十隻が、突如として戦線を離脱し南の海上へと全速力で逃げ始めたのだ。


「…何だと?」


俺が呆然とその光景を見つめていると、さらに信じがたいことが起きた。


アントニウスが乗るその旗艦が、味方の全軍の指揮を放棄し、まるで吸い寄せられるかのようにクレオパトラの艦隊の後を追っていくではないか。


総大将が敵前で自軍を見捨てたのだ。


その瞬間、戦いは終わった。


指導者を失ったアントニウスの艦隊はもはやただの烏合の衆だった。


戦意を喪失し抵抗する気力もなく、次々と降伏の印である白い旗を掲げ始めた。


ローマ世界の全てを賭けた最後の決戦。


それは英雄たちの壮絶な死闘などでは決してなかった。


一人の男が国家も部下も、そして自らの名誉さえも全てを投げ出し、ただ一人の女の後を追いかけていった。


そのあまりにも呆気ない幕切れだった。


俺は静まり返ったアクティウムの海を見ながら、この空虚な勝利の意味をただ噛み締めていた。


内乱の時代は本当に終わったのだと。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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