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建国記異聞  作者: 奪胎院
第五部

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第四章:計算された勝利

第一幕:アグリッパの戦い

冬が来た。アペニン山脈から吹き付ける風は、刃のように兵士たちの肌を切り裂き、大地を鋼のように凍らせた。


だが、俺たちの築き上げた巨大な包囲網は、その冬の厳しさの中で、ますますその真価を発揮していた。


ペルシアの丘を完全に飲み込むように築かれた、長大な一重の包囲線。


それは、もはや単なる土塁と堀の連続ではなかった。


計算され尽くした間隔で監視塔がそびえ、投石機が空を睨み、兵士たちの宿営が有機的に配置された、一つの巨大な要塞と化していた。


食料も、水も、情報も、そして希望さえも、この壁を越えてペルシアの城内へと届くことはない。


案の定、アントニウス派の援軍が、北から、そして南から、幾度となくペルシアを目指した。


だが、その全ては、俺の計算通りに、この地にたどり着くことさえできずに、粉砕されていった。


「将軍! 敵の歩兵部隊、およそ二軍団! 北方の街道を進み、こちらへ向かっているとの報告!」


斥候からの報告に、俺は幕舎の地図に新たな駒を置いた。


「奴らの進軍ルートは、三日後、ティベリーナ渓谷を通過するはずだ。第二軍団を直ちに派遣。谷の両側の高台に投石機と弓兵を配置し、敵が谷底に入った瞬間に一斉攻撃を仕掛けよ。目的は、殲滅だ。一人として、このペルシアの地を踏ませるな」


俺の命令は、冷徹なまでに、簡潔だった。


もはや、そこには、初陣の頃のような昂揚も、焦りもなかった。あるのは、盤上の駒を動かすような、静かな計算だけだ。


数日後、第二の報告が届いた。


ティベリーナ渓谷に誘い込まれた敵の援軍は、高台からの奇襲攻撃になすすべもなく壊滅した、と。


彼らは、自分たちが救おうとしていたペルシアの姿を見ることさえなく、異郷の谷底で、その命を散らしたのだ。


俺は、その報告を、幕舎の中で、ただ静かに聞いていた。


血が流れ、人が死んでいく。


だが、それは、勝利という目的のために必要な、計算されたコストでしかなかった。


この冷徹な視座こそが、レビルス様が俺に教えようとしていた、真の軍略なのだ。


俺は、この冬の戦場で、それを、自らの血肉として、学んでいた。


第二幕:マエケナスの暗躍

同じ頃、ローマもまた、凍てつくような冬を迎えていた。


ペルシアの戦いは長引き、セクストゥス・ポンペイウスによる海上封鎖は、今なお続いている。


市民の不満は、日増しに、危険なレベルへと高まっていた。


だが、私、ガイウス・マエケナスにとって、この混乱こそが、最大の好機だった。


「…レピドゥス様の、あの体たらくは何だ! 執政官でありながら、このローマの食糧危機に、何一つ、有効な手を打てておらぬではないか!」


私は、息のかかった元老院議員たちに、そう囁かせた。


ローマの執政官、マルクス・アエミリウス・レピドゥス。


彼は、良く言えば温厚、悪く言えば、無能な男だった。


私は、市民の怒りの矛先を、この無能な執政官へと、巧みに誘導していったのだ。


フォルムに集まった市民の前で、私は、悲痛な表情を浮かべて、演説を打った。


「市民諸君! 我々の苦しみは、私も、痛いほどに理解している! だが、考えてもみて欲しい! この混乱の元凶は、一体、誰なのか! それは、アントニウスの強欲な親族たちが、イタリアに仕掛けた、身勝手な戦争のせいではないか!」


私の声が、凍てついた広場に響き渡る。


「そして今、その戦乱を鎮め、我々に、平和とパンを取り戻すために、たった一人、命を懸けて戦っておられる方がいる! そうだ! 我らがカエサルの正統なる後継者、ガイウス・オクタウィアヌス様だ! 彼は今、遠いペルシアの凍てつく荒野で、我々ローマ市民の未来のために、その身を削って、戦っておられるのだ!」


私の言葉は、計算された熱を帯びて、市民の心に染み込んでいく。


憎悪は、レピドゥスとアントニウス一派へ。


そして、希望と期待は、全て、遠い戦場にいる、若き主君、オクタウィアヌスへ。


元老院は、私の作り出した世論の前に、完全に沈黙した。


もはや、オクタウィアヌスの行動に、異を唱える者など、一人もいない。


私は、剣も、軍団も使わずに、言葉と情報だけで、ローマという都市を、完全に掌握しつつあった。これは、私の「静かなる戦争」だった。


第三幕:ペルシア陥落

冬が、終わろうとしていた。


外部からの救援という、最後の希望を完全に断たれたペルシアの城内は、もはや、生き地獄と化していた。


包囲を始めてから、数ヶ月。城内の食料は、完全に尽きた。


飢えた兵士たちは、革の武具を煮て食い、ネズミを奪い合い、そして、ついには、共食いを始めたという、おぞましい噂さえ、俺の耳に届いていた。


そして、ついに、その日が来た。


ペルシアの城門が、内側から、ゆっくりと開かれたのだ。


武器を捨て、痩せ衰えた姿で、ルキウス・アントニウスが、その側近たちと共に、俺の前に進み出た。


その瞳には、もはや、かつての傲慢な光はなく、ただ、深い絶望と、諦観の色が浮かんでいるだけだった。


俺は、陣地の前に立ち、彼らを、静かに見下ろした。


降伏の儀式は、粛々と、行われた。


俺は、ルキウスとその部下たちの命を保証し、兵士たちの武装を解除させた。


占領したペルシアの街は、報復を求める兵士たちによって、一部で略奪と放火が起きたが、それも、計算のうちだった。


兵士たちの鬱積した不満を、ある程度、解放させる必要があった。


その夜。


俺は、一人、占領したペルシアの城壁の上に立っていた。


眼下には、飢えと絶望が支配した、死の街が広がっている。


俺は、この街を、一人の兵士も突入させることなく、ただ、時間をかけ、兵糧を断つという、冷徹な計算だけで、陥落させたのだ。


これは、フィリッピの戦いとは、全く質の違う勝利だった。


あの時は、ただ、目の前の敵を、力で打ち破ることしか、考えていなかった。


だが、今は違う。


俺は、戦う前に、すでに、勝利を、計算によって、手中に収めていた。


無駄な血を、流さない。


味方の犠牲を、最小限に抑える。そして、敵を、内側から、自滅させる。


これが、レビルス様が、そして、オクタウィアヌスが、俺に求めていた、新しい時代の、新しい戦い方なのだ。


俺は、このペルシアの戦いで、ただの猛将であることを、やめた。


ローマの未来を、友の覇道を、この手で切り拓くための、真の司令官へと、生まれ変わったのだ。


俺は、東の空が、静かに白んでいくのを、ただ、黙って、見つめていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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