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建国記異聞  作者: 奪胎院
第四部

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第九章:静かなる検分

フィリッピでの最終決戦の報せがローマに届いたのは、それから数週間後の、冬の訪れを感じさせる冷たい雨が降る日だった。


ブルトゥスとカッシウスは死に、共和派軍は完全に壊滅。カエサルの復讐は、ついに果たされた。


ローマの街は、公式には、勝利の喜びに沸いている。


だが、その喧騒の裏側で、真のローマの姿を知る者たちは、ただ静かに、この勝利がもたらしたものの、本当の意味を測りかねていた。


アウェンティヌスの丘に立つ、静かな邸宅の一室。歴史の表舞台から完全に引退した身である、私、ガイウス・セルウィリウス・レビルスと、オッピウス殿、そしてバルブス殿の三人は、フィリッピから届けられた、詳細な戦勝報告の巻物を、吟味していた。


巻物には、第二次フィリッピの戦いにおける、我々の完全な勝利が、簡潔に、しかし克明に記されていた。


「…第一次の戦いは、一引き分け、一敗北。よく持ち直したものですな」


私が、戦果を冷静に分析すると、隣で、バルブス殿が、深い溜息と共に、言った。


「決着まで、実に十ヶ月。カエサル閣下の、あの神がかりのような戦の速度に慣れてしまうと、ひどく遅く感じるが…本来の戦争とは、こういうものなのだろうな」


彼の言葉には、偉大すぎた旧主への、深い懐旧の念が滲んでいた。


カエサル閣下であれば、敵の準備が整う前に、電光石火の奇襲で、この戦いを終わらせていたかもしれない。


だが、若き後継者たちは、手痛い敗北から学び、着実に、そして確実に、勝利を手繰り寄せた。


それは、天才の戦い方ではない。だが、これもまた、一つの、新しい時代の戦い方なのだろう。


報告書を読み終えたオッピウス殿が、静かに、しかし、その鋭い瞳で、盤面のさらに先を、見据えていた。


「プロスクリプティオの効果は、絶大だったようですな。この勝利で、元老院は、もはや三頭政治に逆らう気力も、力も、完全に失ったでしょう」


彼は、そこで一度、言葉を切った。


「…それより、気になるのは、ローマに残った、マエケナス殿の動きです」


その言葉に、私とバルブス殿は、視線を上げた。


オッピウス殿は、別の報告書を、指でなぞりながら、続けた。


「彼は、カエサル閣下の遺産を動かし、ローマの穀物問題を解決できるはずなのに、あえて、最低限の手しか打っていない。セクストゥス・ポンペイウスによる海上封鎖も、本気で対処しようとすれば、できないはずがない。なのに、彼は、静観している」


その言葉の意味を、我々三人は、瞬時に理解した。


「…なるほど」と、私は呟いた。


「彼は、ローマの留守を預かる、レピドゥス殿の評判が、自然に落ちるのを、計算の上で、待っているのですな」


そうだ。マエケナスは、戦場で剣を振るうのとは、全く別の、「静かなる戦争」を、このローマで、着実に遂行しているのだ。


市民の不満を、巧みにレピドゥスへと向けさせ、一方で、遠い戦場で戦うオクタウィアヌスを、「ローマの真の救世主」として、その名を、人々の心に刻み込ませている。


その冷徹な計算高さに、私は、かすかな戦慄を覚えた。彼もまた、新しい時代の、恐るべき怪物へと、変貌を遂げつつある。


我々は、三人で、窓の外に広がる、静かなローマの街並みを見下ろした。


多くの血が、流れた。キケロも、ブルトゥスも、そして、名もなき多くのローマ市民も、この内乱の犠牲となった。そのことを、嘆かずにはいられない。


だが、それでも、我々は、一つの結論を、共有していた。


「総じて、この結果は、悪くない」


カエサル閣下が遺した、この混沌としたローマが、ようやく、一つの、確かな秩序の下に、まとまろうとしている。


その礎を築くのが、我々が全てを託した、若き後継者たちであるのならば。


我々、旧世代の役目は、終わった。


あとは、ただ静かに、彼らが、どのような新しいローマを、この血塗られた大地の上に、築き上げていくのかを、見届けるだけだ。


その未来が、我々の想像を、そしてカエサル閣下の夢さえも、超えていくことを、願いながら。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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