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建国記異聞  作者: 奪胎院
第四部

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第六章:カエサルの亡霊

第一幕:勝者の祝宴


第一次フィリッピの戦いが、奇妙な痛み分けに終わってから、数日が過ぎていた。


平原を挟んで対峙する二つの軍団は、互いに深い傷を負い、次の決戦に向けて、嵐の前の静けさともいえる、張り詰めた膠着状態にあった。


だが、その静けさの質は、二つの陣営で、全く異なっていた。


三頭政治軍の右翼、マルクス・アントニウスの陣営は、夜ごと、勝利の祝宴に沸いていた。


彼は、カッシウスの軍団を完膚なきまでに粉砕し、その首級を挙げた、紛れもないこの戦いの勝利者だった。


「飲め! 歌え! そして食らえ!」


アントニウスは、司令部の天幕で、腹心の将軍たちを前に、上機嫌で大杯を呷っていた。


その傍らには、戦利品として得られたであろう、異国の踊り子たちが、官能的な舞を披露している。


「カッシウスは死んだ! 共和派の片翼は、この俺が完全にへし折ってやったわ! 残るは、ブルトゥスという名の、理想だけを食って生きている、夢想家の首だけだ!」


その声に、プランキウスやポッリオといった、歴戦の将軍たちが、追従の笑い声を上げる。


「さすがはアントニウス様! カエサル閣下亡き後、ローマ最強の将軍は、あなた様をおいて、他にありますまい!」


彼らにとって、左翼でオクタウィアヌスの軍団が敗北したことなど、些細なことに過ぎなかった。


いや、むしろ、好都合でさえあった。


病弱な若造が、手痛い失敗を犯したことで、この戦争におけるアントニウスの功績と、その存在感が、より一層際立ったのだから。


「アグリッパとかいう若造も、まだまだよのう」


アントニウスは、嘲るように言った。


「戦は、ただ勇猛なだけでは勝てんのだ。敵の弱点を嗅ぎつけ、その喉笛を食い破る、獣の勘がなくてはな。その点、あの小僧も、その子飼いの若造も、まだ赤子同然よ」


彼は、この戦争に勝利した後の、輝かしい未来を、すでに見ていた。ブルトゥスを討ち、カエサルの復讐を成し遂げる。


その最大の功労者として、ローマへと凱旋する。


そして、病弱なオクタウィアヌスを完全に凌駕し、カエサルが築き上げた帝国の、真の後継者として、君臨する。


彼の陣営は、勝利への確信と、未来への野心に満ち溢れていた。


だが、その熱狂の中で、川の対岸にあるもう一つの陣営が、この手痛い敗北を糧に、より冷徹な計算を始めていることには、まだ誰も気づいていなかった。


第二幕:理想家の苦悩

一方、その対岸にある、共和派の陣営は、重く、そして救いようのない、絶望の空気に支配されていた。


マルクス・ユニウス・ブルトゥスは、司令部の天幕で、一人、頭を抱えていた。


第一次フィリッピの戦い。


我々は、確かに、オクタウィアヌスの軍団を打ち破り、その陣営を占領した。戦術的には、それは輝かしい勝利だったはずだ。


だが、その代償として、我々は、あまりにも多くのものを、失いすぎてしまった。


カッシウスが、死んだ。


自軍の敗北を、俺の敗北と誤認し、絶望のあまり、自決した。


あの冷徹な現実主義者が、最後の最後で、あまりにも非現実的な、そして取り返しのつかない、誤りを犯してしまった。


彼を失った今、この二十個軍団を超える大軍を、俺が、単独で率いなければならない。


高潔な理想を語り、兵士たちの心を掴むことは、得意だった。


だが、軍団の規律を維持し、兵站を管理し、そして何よりも、冷徹な計算に基づいて軍を動かすという、実務的な能力において、俺は、カッシウスの足元にも及ばなかった。


その綻びは、すでに、軍の至る所で、現れ始めていた。


兵士たちの規律は、日に日に、緩み始めている。


オクタウィアヌスの陣営から略奪した、莫大な金と葡萄酒に溺れ、博打に興じ、夜ごと騒ぎを起こす。


彼らは、もはや、共和政を守るための、崇高な理想の兵士ではなかった。


ただの、欲望に忠実な、烏合の衆へと、成り下がりつつあった。


「閣下! 兵士たちへの、恩賞は、まだなのでしょうか!」


「我々は、勝利したのですぞ! なぜ、次の戦いを始めないのですか!」


百人隊長たちは、口々に不満を訴え、俺の決断を、突き上げてくる。


俺は、彼らを、上手く御することができなかった。


カッシウスであれば、その現実的な計算高さと、時には非情なまでの厳しさで、彼らを黙らせることができただろう。


だが、理想主義者である俺には、それができなかった。


俺は、孤独だった。


この巨大な軍団の中で、俺の理想を、本当の意味で理解してくれる者は、もはや誰もいない。


俺は、自らが掲げた、「共和政の守護者」という、あまりにも重すぎる十字架に、押し潰されそうになっていた。


次の決戦は、近い。


だが、俺の心は、すでに、深い、深い闇の中にあった。


アントニウスという、ローマ最強の猛将を相手にして、俺は、本当に勝利することができるのだろうか。


その問いに、答えてくれる者は、もはや誰もいなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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